nao 81
頭の中が真っ白になる。
何が本当なのか分からなくなる。
自分自身が嫌になる。
それらを俺は一瞬で体感した。
「ごめん、もう朋子ちゃんとは会えない。」
俺の言葉が乾いて響く。玄関で俺を出迎えてくれた彼女の笑顔が固まる。
「ごめん。」
信じていたものが突然姿を変えた。
いや、正確に言うと信じていたものが徐々に姿を変えていったことに気がつかなかったのかな。
俺の頭の中でぐるぐると回る言葉。
バカな俺は明に何も言えなくて。
ただ彼女を傷つけることしかできなかった。
「…どうしたらいい?どうしたら、」
大事な人を傷つけずにできたんだろう。彼女の涙を見たかったわけでも、明を苦しめたかったわけでもないのに。
「あきら」
こんなときにいつも俺を正しい方へ引っ張ってってくれたよな。
俺が朋子ちゃんに告白するときも背中を押してくれた。どんな気持ちでいたんだろ。そのことを想像するだけで胸の奥がジクジクとうずいた。
このまま、何も伝えないまま、明とは会えなくなるのかな。
それだけはしたくない。俺の中の誰かが俺にそう告げる。
「…俺もしたくない。」
すごい勝手なんだろうけど、このまま明と会えなくなるのは嫌だよ。
でも、明は俺の顔なんてもう見たくないのかな。
何度か連絡を取ろうと携帯の履歴を呼び出したこともあった。だけど俺の意気地のない右手は、いつも通話ボタンのかわりに電源のボタンを押すんだ。
部屋のカレンダーはもうすぐ二月が終わり、三月に入ることを俺に教えてくれる。三月に入ったら、卒業までは棒読みだ。
あのさ明、…明は今どこにいる?
何してる?何考えてる?
俺は明のこと考えてるよ。…明に会いたいよ。
―明
―直樹?
アイツの声が聞こえた気がして思わず後ろを振り返る。…でもそこにアイツがいるはずもなく。洗いかけの皿に意識を戻すとスポンジを握り直す。
「あ、そうそう高橋くん」
少しすまなそうなトーンでオヤジさんがこう切り出す時は、決まってお客さんのことで。
この時もその例にもれず、どうやら飛び入りのお客が入ったようだった。
「一人だけだから食材は間に合うんだけど、部屋の準備だけお願いしてもいいかな。」
「もちろんっすよ。」