nao 75
「…そうだね。行こうか。あそこの紅葉今くらいが見頃だよね。」
俺がそう言って頷くと、朋子ちゃんは少しホッとしたみたいだった。
…死刑執行台に向かう囚人の気持ちが、今なら少し分かる気がした。
地下鉄があっとゆう間に俺たちを目的地まで連れて行ってくれる。
駅から公園までの道で、朋子ちゃんと何を話したのか覚えていない。ただ気付くと俺はあの日と同じように桜の木の下にいて。朋子ちゃんも同じように向かいに立っていたんだ。
違うこと…と言ったら、葉の色くらいだろうか。夜でもその鮮やかさが、俺の目に見て取れた。
「あのね、」
その声に含まれる振動に、俺は気付かないフリをした。
「あたし「あのさ」」
全てが終ってしまう前に、朋子ちゃんに伝えたいことがあるんだ。
「ゴメン。朋子ちゃんの話聞く前に、少し俺から話してもいいかな?」
その問いに、彼女は首を一つ振って答えてくれた。
「ありがとう。…この間はゴメン。言いたいことだけ言って逃げちゃって。でもウソじゃないんだ。」
「俺は本当に朋子ちゃんだけを見てたし、これからも朋子ちゃんと一緒にいたい。朋子ちゃんが、もしまだ明のことを忘れてなくても、俺は朋子ちゃんが好きです。朋子ちゃんの隣に、一番側にいるのは俺じゃダメかな?」
永遠にも思える沈黙が辺りを包み込む。
「…ありがとう。」
彼女の少し掠れた声がが秋の公園に響く。
「本当はね、今日ここに断ろうと思って来たの。あたし直樹くんのことまだ良く分からないし、中途半端な気持ちで付き合うのは違うって思ってたから。」
「そっか…そうだよね。」
「でもね、」
「え?」
「今日会って、もう一回直樹君の気持ち聞いたら…うまく言えないんだけど。」
言葉をそこで区切ると俺の顔を覗き込む朋子ちゃん。
「もっといっしょにいたいと思ったの。」
「えっ…え??」
「こんなあたしでも、一番側にいてくれますか?」
「…ぇえ??本当にいいの?どうしよう…じゃなくて、こちらこそよろしくお願いします!」
夢…とかじゃないよな。試しに頬を引っ張ってみる。
「…痛い。」
痛くて嬉しいなんて初めてだよ。
「えっちょっ、直樹くん大丈夫?」
俺の頬を心配そうに触れる朋子ちゃん。
これ以上幸せなことなんてあるんだろうか。この時俺は本気でそう思っていた。
明が北海道の教員に正式採用されたと聞いたのは、12月に入ってすぐのことだった。
「本当に?」
「おぉ、ウソじゃないみたいだぞ。」
手渡してもらった採用通知をマジマジと見つめる。
「すごいなぁ、明頭良かったんだね。」
「意外とな?」
そう言って笑う明につられて俺も笑顔になる。朋子ちゃんと付き合いだしてから、早いもので二ヶ月が経とうとしている。
明にはもちろんその日のうちに報告をした。