nao 68
from:田辺直樹
明起きてた?急で悪いんだけど、今から明の家行くから。
どうしても話したいことがあるんだ。
ついたらまた連絡するよ。
それじゃまた。
─話したいこと?
胸の中のモヤモヤが存在感を示してくる。
話したいことなんて俺にはないぞ?…言えないことならたくさんあるけど。
─話したいことってなんだ?
窓の外に目をやると、大きな桜の木が黄色い葉をつけていて。春とも夏とも違うその装いに、俺はしばらくの間目を奪われていた。
─春になれば、…来年になればアイツとは会えなくなる。
アイツは地元に就職が決まっているから、来年になったら滅多なことがない限り会うことはないだろう。
だからもう少しの間のはずなんだ。
あと少し頑張れば、俺は直樹の友達でいられるはずなんだ。
思わず力を込めすぎていたらしく、手の中にある携帯があげた悲鳴でやっとそのことに気付いた。
携帯を机の上に解放してやると、今からどうすべきなのか混乱した頭で考えてみる。
えと、確かアイツからメールが来て。それで今から俺の家に来るって言ってたから…
!!
ヤバイ、部屋の中全然片付けてないんだ。
机の上に出してあった物たちを鞄に詰め込みなおすと、図書館から脱兎のごとく抜け出した。
アパートのドアを開くと、俺の前には今朝まで見慣れていたはずの惨状が広がっていて。
自分のグウタラさを呪いながら必死に片付け始める。
─さっきまで気にもとめていなかったのにな。
そう、頭の中でもう一人のオレがぼやく。
─別にアイツが来るからって片付ける必要ないんじゃないか?
─ありのままのお前を見せてやれよ。
─嫌われる手間が省けていいんじゃないか?
頭の中で毒付くヤツを無視しながら、俺は作業をこなしていった。
─────────
「洗濯物は洗濯機の中に放り込んだし、ゴミはベランダにまとめた。台所も片付けたから…」
ブツブツと呟きながらながら指差し確認をしてる俺って、なんか主婦みたいだな。
片付けを始めてから1時間ほど経って、ようやくこの部屋は、アイツになんとか見せられる状態になってくれた。
アイツの家からここまで、どんなに飛ばしたとしてもあと30分はかかるだろう。
そう考えたら心に余裕が出来てきて。ホッと一息つくと、結局夏の間ずっと出しっぱなしにしておいたコタツに入って少し休憩する。
他に何かやっておかなければいけないことはなかったか、何度も考えてみる。
─何でお前、そんなに動き回るんだ?
俺の頭の中にいる、ヤツが俺にそう尋ねてきた。
何でって…
─不安なんだろ。じっとしてると。
不安…
─だから余計なこと考えるヒマをなくそうとしてるんだろ。
…
─逃げても何も解決しないぞ?
お前がはっきり言わなきゃアイツは気付かないって分かってんだろ?
でも、……。
─怖い、か。
悪いか?
─…いいや。お前の決めることだ。好きにすればいいさ。