nao 56
そう呟くようにして言った言葉に反応して顔をあげる。
その時、今日初めてカオリの笑顔を見た気がした。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
わざわざトモコの気持を伝えに来ただけじゃないんだろ?
と言う意味を込めてカオリを見つめる。
「…トモコに会って欲しいの。」
アキラの話なら聞いてくれると思うんだよね。
すがるような目つきで俺を見るカオリのお願いを断れるわけもなく。
俺が首を縦に振ると、カオリはホッと一息ついていた。
「誤解を解けばいんだろ?」
「うん、お願いします。」
了解。
とだけ言って伝票を持つと立ち上がる。
カオリも慌てて立ち上がったけど、手で抑えてそのままレジへと向かう。
これ以上誰かに変な誤解されたら厄介だしな。
店を出て携帯を見るともう8時近くて。
「まだ行っても大丈夫だよな。」
自分に確かめるように呟くと、トモコの家の方へと歩き出す。
詳しくは分からないけど、大まかな場所なら前に聞いてたから分かるはずだ。
元々歩くのは好きだから、知らない道を歩くのも苦じゃなかった。
─トモコの誤解が解けて元気になったら、アイツも喜ぶかな。
ここ最近、沈みがちだったアイツが笑顔を見せてくれることを想像しただけで、心の中が弾んだ。
「本当に俺、アイツのことでいっぱいだよな。」
言葉に出してみると、改めてそのことを感じる。
大事なヤツのためだったらなんでも出来る、か。
─昔は自分のことだけしか考えてなかったのにな。
大人になったってことなのか、それとも片想いだからなのか。
何が原因なのかは分からないけど…
記憶を頼りにアパートが密集した、トモコの家の近くと思われる場所までたどり着くと、携帯を取り出す。
メールにしようか電話にしようか迷っていると、意外なヤツに声をかけられた。
「アキラ?」
振り返ってみると驚いた顔のアリサがいて。
俺も負けないくらい驚いていたが、顔には出さずにそれに答えた。
「よ、お前もトモコのとこ?」
「今会って来たとこ。」
いつになく真面目な顔で頷かれる。
そんな真面目な顔をされると、あの人とダブって見えてしまって。
視線を避けるように目線をアリサの後ろにずらす。
「ねぇアキラ、」
「ん?」
「まだ忘れられない?」
誰を、なんて聞かなくても分かってる。
「…なんで?」
「答えて。
…もしまだお姉ちゃんのことを思ってるなら、トモちゃんのとこには行って欲しくない。」
俺は目を閉じて、ゆっくり3っつ数えてから目を開くと首を横に振る。