nao 53
俺が顔を洗って歯を研いていると、
「明、デート?」
と声をかけられた。
振り向かなくてもどんな顔をしているのか分かるけど、いちおう振り返る。
「ふぉーむむ。」
歯磨き粉が邪魔してうまくしゃべれなくて。
ちょっと待って、とジェスチャーでアイツに示してから口をゆすぐ
「そうだよ。」
と答えると、カオリと?と言われたので黙って頷く。
隠すこともないだろうし…
そう言って直樹を見ると、微妙にひきつっている気がした。
なんかマズイこと言ったかな?
「…それって俺も行ったらマズイよね?」
直樹がそんなことを言い出すなんて珍しくて。
…やっぱり何かあったのかな。
「なんかあった?」
「えっ?」
「や、直樹がそうゆうこと言うのって珍しいから。」
うつ向いたままのアイツに言葉を投げ掛ける。
「…わりぃ、変なこと言ったな。」
沈黙に耐えきれなくて、服を着替に風呂場に行く。
居間へとつながるドアを閉めると、一つ息をはいた。
─どうしたんだアイツ。
もしかしたら、変になっているのは俺のほうかもしれないけど…
カーキ色の半袖のシャツとジーパンに履き替えると、居間に戻る。
「俺、行くけどゆっくりしてていいから。」
帰るなら鍵開けっぱなしでいいし。
それだけ言うと、財布と携帯を持って外に出る。
外の空気を吸うと、いつになく美味く感じた。
なんだか俺の知らないところで、何かが動きだしている予感がした。
そしてそれが何なのか、カオリなら教えてくれるような気がしたんだ。
LUCEの店内に入ると、まだカオリは来ていないようで。
外から見えにくい、壁際の席を選んで腰を下ろす。
連れが来ることを伝えておいたせいか、店員はお冷やを二つ置いていった。
時計を見ると、まだ五時を少し過ぎたところで。
たとえカオリがどんなに時間にうるさいヤツでも、あと30分は来ないだろうな。
携帯をポケットにしまって、飲み物でも頼もうかとメニューを開く。
「お決まりでしょうか?」
アメリカン一つ、とメニューを指差しながら頼む。
「かしこまりました。」
テーブルから離れていくウェイトレスの後をなんとなく目で追う。
─と、入り口が開いているのに気付く。
「いらっしゃいませ。」
カオリかな?
期待と共に入り口を見つめる。
入って来たのは鮮やかな青い色のティーシャツを着た、髪の長い女だった。
─カオリじゃない、か。
また視線をテーブルの上に戻すと、その女がこちらに向かってくる気配がした。
「アキラ」
名前を呼ばれて顔を上げるとさっきの女が目の前に立っていて。
サングラスをしているため、顔の表情は読み取れないが。
この声って…
「カオリ?」