nao 46
アイツの肩を担ぎながら俺の家まで運びこむと、癖になっているのかコタツに潜り込んだ。
直樹の寝顔を見つめながら、俺はさっきカオリに言われたことを思い出していた。
どうして、あの時…あんな目をしていたの、か。
あんな目って言われても、自分じゃどんな顔してたかなんて分かるはずないんだけど。
─どうして?
─やってみなきゃ分かんないでしょ。
─どうして、そんなこと言うの?
…ザー…
─どうして、
…泣かないでくれよ。
お前に泣かれると、俺弱いの知ってんだろ?
…ザー…
雨の音が俺を現実に引き戻す。
ロフトに上る元気が出なくて。
しばらく窓に背中をもたれて座っていた。
外は、何時から降りだしていたのか分からないけど雨で。
雨が好きだと言ったあの人は、雨の季節が来ると必ず散歩に行きたがった。
それは日本じゃなくても変わらなくて。
3月の、まだ肌寒い雨の日に俺たちはよく外に出かけた。
日本だと東京くらいの気温だというバンクーバーでは、3月の始め頃から桜が咲き始めていて。
それを見に行くのが俺たちの日課だった。
彼女は4月に生まれたせいか桜が好きで。
桜が満開になることを誰よりも待ちこがれてた。
そんな彼女を側で見ているだけで幸せだった。
「んん、」
気分が悪いのか、直樹が出した唸り声で俺の意識は戻ってきた。
「大丈夫…か?」
直樹、と声をかけながら布団を直してやる。
お茶でも用意しといてやるかな…と思って立ち上がろうとしたら、アイツに腕を掴まれて。
「どした?」
「…いかないで」
体が固まるのが分かった。
酔っぱらって言ってることも分かる。
でもアイツに掴まれた腕が熱くて。
浮かびかけた腰を下ろすと、直樹の顔の横に座る。
朝起きたらどんな顔すんだろ。
少し、楽しみだった。
「あきら」
アリサ?
『アキラ』
朋子?
《アキら》
…カオリ?
〈あきラ〉 誰なんだよ。
【アきラ】
…ナナコ?
「明、」
目を覚ますと直樹がいて。
すごい心配した顔で俺を見下ろしているから、こっちがビックリした。
「…どした?」
そんな顔して?
「や、…明うなされてたから。」
「お茶飲む?」
「ありがと。」
グラスを受け取って一口飲むと、いつになく旨く感じる。
「さっきさ、」
「ん?」
「ナナちゃんのこと、言ってたよ。」
ゴフッ
飲んでたお茶が出るかと思った。
「大丈夫?」
「…あぁ。」
昨日飲みすぎたな、と笑って誤魔化そうとする俺に、アイツは少し寂しそうな顔で
「そっか。」
とだけ言うと、そのことについて触れてはこなかった。