All right 27
今は学園祭の準備のため、この校舎の方へはあまり人が来ない。その校舎に挟まれた中庭で、誰かが…こちらを向いているのがおそらく男、それと、後ろを向いている髪の長い女が見えた。
茜たちと2人とは距離が離れているため、何を話しているのかは聞き取れなかったが、ただの痴話ゲンカには見えなかった。
「ねぇ、さっきの声って墨田くんに似てなかった?」
さくらに言われてよくよく見てみると、確かに男の方のシルエットが宗一と似ている気がする。
しかし、こちらからは逆光のため、はっきりと顔は確認できない。
─もうちょっと近寄れれば、
身を潜めていた影から茜が移動しようとしたとき、男のほうが校舎の中へと入っていくのが見えた。女の方は後を追いかけるのを諦めたようで、その場に立ちすくんでいる。
「ねぇ、気づかれないうちに帰ろ?」
「そう…ね。」
茜の胸がザワザワとざわめく。何かが警告を発しているのだ。
「ほら、早く行こう茜。」
そう言って立ち上がったさくらの気配を感じたのか、それまで立ち尽くしていた女の後ろ姿がビクッと震えた。
「…気づかれた?」
しかし女は振り返りはせずに、男とは別の方向へと走り出す。
茜はそれを見ると、頭で考えるよりも先に女を追っていた。
「茜?!」
さくらの止める声が耳に届いたが、それを振り切って走り出す。
茜は異能が『瞬身』ということもあって、足の速さは学年でもトップクラスだ。
それゆえ女子が相手だったら、足では負けない自信があったのだ。
沈む夕日を追い掛けるようにして走る女の後ろ姿まで、あと数メートルと迫った時、それまで校舎沿いにまっすぐ走っていた女が急に姿を消した。
「え?」
─消えた?…そんなわけないじゃない。
いくら異能使い揃いのこの学園だからって、一瞬で姿が消せる能力なんて聞いたことがないわよ…
頭の中に浮かんだ思いを振り払うと、女が消えたところまで行ってみる。
特別授業の校舎と普通授業用の校舎の境目。
その僅かな隙間に立てかけらていた木材の向こうを、女の長い髪がすり抜けて行くのが微かに見て取れた。
「逃げられちゃった、かぁ。」
女の消えた跡をしばらく見送った後で、ポツリとそう呟く茜。
「逃…げら、れちゃっ…た、じゃ…な、いわょぉ。」
荒い息と共に絞り出された、その声に驚いて茜は後ろを振り返る。─と、そこには息も絶えだえの様子のさくらが立っていた。
文芸部のため体力がないのに、茜が心配で追い掛けてきてくれたようだ。