〜再会〜 9
ササラを凝視出来ず、行き場を失った恋歌の視線が宙を彷徨う。
「薊、寝ちゃったんだね」
小声で囁き、クスリと笑ったササラは、徐に薊の頬を引っ張ったり、鼻を突いたりし始める。
「アハハ…コイツ一回寝たら何しても起きないから面白いよな」
子供のように笑ってみせるササラに恋歌の心臓の鼓動は、更にヒートアップする。
やっぱり、薊とは違う。
その、落ち着いた物腰、透き通るような笑顔…薊なんかとは比べ物にならないくらい綺麗。
「やっぱり、私、お兄ちゃんが好き」
片肘を突いた手のひらに、顔を乗っけた恋歌は、エヘヘと笑ってみせる。
「嘘だね」
ササラが返した意外な返答に『え?』と声を詰まらせた恋歌。
「嘘じゃないよ。私お兄ちゃんのこと大好きだよ」
「じゃぁ、薊は?薊のことは?」
再び返された意外な返答に、恋歌は愕然とする。
「な、な、なんで?なんでそこで薊が出てくるの?」
身を乗り出し、抗議する恋歌。
すると、ササラは昏々と眠り続ける薊の身体の両脇に手を突き、身を恋歌のほうへと乗り出すと、こう問いかけた。
「じゃぁさ、恋歌。僕と付き合おうか?」
「え!?」
「今、ここで僕とキスできる?」
思う様にささらと目が合わせられない恋歌は重い口を開いた。
『できるよ…』ゆっくりとささらの方を向き目を閉じる。ささらは溜め息をつきながら言った。
『これで良いのか薊』『え?』薊が何処からか出てきた。
『後免ね。恋歌…薊から頼まれたんだ』
一体…何が起こったんだろう。
自分でも理解不能なこと、他人になんてとうてい説明出来ない状況。
恋歌は1人、頭を抱えて今の状況を考える。
「之で、いんだよ。」
低く、透き通るような声。
ササラの下から、薊の声。
「ゴメンね。」
ササラがすまなそうに恋歌の頭を軽く叩く。
「何が…どうなってるの?」
か細い声、震えながらようやくその声を押し出した。
視線を逸らし、俯くささら。
じっと恋歌を見据える薊。
そんな目の前の二人を睨みつける…後は逃げるように慌しく窓を閉めて、カーテンを引いた恋歌…
堪え切れず溢れた雫が頬を伝う。
薊は何故、ササラにあんなことを依頼したのだろう。
ただ、私のことを傷つけたいだけ?
それとも、私を挑発して喧嘩を売っているの?
それとも、もしかして……私のことを試しているの?
一体何の為に??
それに、一番分からないのは…この涙。
私は何がこんなに悲しいのだろう…
いろんなことが頭を過ぎり、自分を失って立ち尽くす恋歌だった。
じりりりりり……ばちんっ。
いつもの通り、煩く鳴り響く目覚まし時計に恋歌は腕を伸ばした。
「…。」
赤く少しだけ腫れぼったい目をこすり、一つあくびを零す。
「昨日…あのまんま寝ちゃったんだ。」
くしゅん。
布団にくるまるのも忘れ、ベッドの上に倒れ込み…そのまま眠った。
カーテンは閉まったまま、そしてそのカーテンを開けようと、手を伸ばす事はなかった…。
「お母さん、朝ごはんイラナイや…。」
沈んだ声と共に、恋歌は母親にそう告げた。