*果実* 柚子編 《第二章》 8
家の中の空気も誰もいなかった頃とは違う気がする。
「誰かが家にいて動き回ることで攪拌されてるからとか?」
などと考察にもならない憶測を呟きながら玄関を上がる。
「柚子?寝てるのかな。」
玄関には柚子の靴が残ってる。
別の靴で出かけた可能性はあるが居るような気配のような物がある。
祐介は柚子の部屋に直行してドアを軽く叩いた。
「柚子?ただいま。寝てるの?」
返事がないがそっとドアを開いて中を窺うと、ベッドの上はこんもりと山ができていた。
「柚子?」
ピクン
「いるじゃないか。どうした?具合良くならないのか?」
『本当に悪いのか?』ではなく柚子の調子が悪いことを心配していたように俺は聞く。
そして部屋に入ると掛け布団の山がモゾモゾと動く。
「柚子?」
俺は頭まですっぽり被った布団をそっとおろして柚子の顔をのぞかせる。
多少の抵抗の後、覗かせた柚子の顔は赤みを帯び、眼は涙で潤んでいた。
「熱があるのか。悪かったな、ほったらかしで遊びに行っちゃって。」
とたん、柚子の顔が真っ赤になり再び掛け布団で顔を覆う。
(本当に悪いのか?)同じ疑問だが不安が込み上げてくる。
「ちが…の…」
「え?」
「違うの。私、桃さんと違う…」
俺が何の事が理解できないでいたが柚子の言葉を組み合わせると、自分は桃のようになれない。俺の一番の存在になれないと泣いている。
そんな蒲団からはみ出す柚子の頭をやさしくなでてやる。
「誰だっていきなり一番になんてなれないよ。
今の桃との関係になるんだってそれなりに時間がかかったりしたんだから。」
俺の手が柚子の頭に触れるたびに柚子は体をビクリと震わせる。
まるで小動物をイヂメてるようだ。
柚子は布団をわずかにおろして眼だけをのぞかせる。
泣き腫らしたその目は「本当に?」と尋ねている。
憎たらしいくせに純粋な柚子。俺は苦笑いをしながら頭をクシャクシャっと撫でてやる。
柚子がその手を止めようと蒲団から腕を出す。
俺は手を掴まれてもちょっと強めに撫で続ける。
柚子は「きゃ〜」と言いながら体を起して手を止めようとするが俺はムキになって撫で続ける。
次第に俺と柚子は笑い出していた。
パっといきなり手を離すと俺の胸にバランスを崩した柚子の頭突きが入った。
その頭を抱きしめる。
「お兄ちゃん?」
俺は黙って柚子の頭を抱きしめ続ける。決して痛いからとかそういう理由からではない。
柚子はそのまま力を抜き胸に頭を預けた。