神装機伝アハトレーダー 20
例えば以前彼がボヤいた通り、卯月がサイコパス化をこじらせようと正気を取り戻し改心しようと、根本的な敵味方の判断は成り行き次第と割り切っている。
卯月と同じく親戚同然の付き合いでやってきたミラに対しても、味木は同様の意識を持っている。
反対に味木がゼイルを完全に敵視している最大の理由は、何一つも狂気の片鱗も見せない姿勢。
世間知らずのボンボン故に幼稚なテロリズムを抱き、正気で人外の武力と技術を振りかざすスタイルが何より気に入らなかった。
この文明社会に正気で戦争をやるのは本物の馬鹿と野蛮人、味木は己の狂気を自覚した上でそう考えていた。
持ち前の楽観論さえなければ、味木は真の黒幕にたりうる男であっただろう。
頭が良いのに肝心の所が見えて居ないのだ。
自分がおかしいと分かっているならこの認識のおかしさも自覚すべきだ。
そういうわけでオリハールの設計図が流出した件に気づくのはドゥティが基地に攻撃を仕掛ける3時間前だった。
自分で見つけ出したのではない。オリハールの配備や量産が始まったニュースをしているのを見てようやく気が付いたのだ。
パレードの先頭を見慣れた戦闘機が進んでいる。飛行機のコスプレをしている者も居た。
スタジオに画面が切り替わると、どこかの専門家がオリハールのイラストを指さしてなにやら楽しそうに喋っている。
味木はついに自分の頭が本格的に壊れたのだと思った。
海外のニュースも同様の内容だった。
「タービニア国には5機、ピレニアル国には10機の…」
色々な国がオリハールを量産し、採用している。名前が違ったり外観が違う物が大半だがどれもベースは完全にオリハールだ。
オリハールに搭載されて居た技術が全世界に行きわたっている…。
余りに状況が悪すぎて余りに不思議すぎて、もはや怒りすらも湧かなかった。
味木が混乱している時、ドゥティの機体ラデンk型や戦闘機等を載せた超大型輸送機が飛び立っていた。
そして、攻撃地点上空でとどまるとラデンk型を投下した。その後をカターリナという名の量産機が続く。
戦闘開始だった。
急降下しながらもドゥティは地上に注意を向ける事を忘れなかった。意外にまともな判断である、末端の兵士としては。
地上には配備されたばかりのオリハールがまるで床に並べられた干物の様に並んでいる。全く動く気配が無かった。
「なんだこれは、撃ち放題ではないか」
ドゥティはラデンk型の右手のガトリングでその金属の干物を一直線になぎ払った。爆発の光がモニターの上から下へと突き進んでいく。
滑走路には巨大ななにかが爪でひっかいたような黒い跡が出来上がった。
面白い様に数機の戦闘機が残骸と化したのだが、ドゥティは嫌な予感しか感じていなかった。
「静かすぎる。どこかに大物が居るのかも知れんな」
敵の動きが遅いのはこの戦闘自体が打ち合わせされた物だからである。
それをいまいちわかっていない哀れな男ドゥティは滑走路に降り立ってからも警戒を解かなかった。
そのせいで大きく出遅れてしまう。
好戦的な自称海の男にとっては面白くない展開だった。
一方その頃、敵に突っ込んでいったカターリナの数機は既に自衛隊の機体と戦闘に入っていた。
迎え撃つは陸自習志野分屯地から駆けつけた人型装甲車部隊。
緊急事態に予備機まで引っ張り出して来た09式グラス号十二機。
一通り空自習志野基地を荒らし終えたドゥティの部下が駆るカターリナとサウスランドが市街地を突っ切る中、自衛隊は正にかませ犬同然の扱いだった。
特にサウスランドに総合性能で若干劣るも、個人ごとの拡張性で勝るカターリナ。
十分より十二分を求める卯月の采配でドゥティには専用機、直属部下四名にも慣れた機体。
当初のサウスランド五機は支援用として新兵に繰り下げ計十機の異世界機、戦力差は更に大きく傾いていた。
「直撃の筈なのに…35mmが効いてない…だと?」
たとえ量産機でも異世界機の特殊金属は前面装甲なら35mm砲弾に耐えうるに対し、地球の機体は所詮コピー品である。