亡国の王子 47
おそらくは彼女達と関係を持ったのだろう、ある時期からルカとベラへの態度がさらに慈しむようになり、言動にも自信が感じられるようになったフィリップ。
リードやフィリップと従兄弟でもあるからか、フィリップと同じような澄んだ心根を感じさせる。そして、そのフィリップも…
いつしかリードは物思いに沈んでいたらしい。ユリウスに声をかけられ、我に返る。
「殿下、いかがされましたか?」
「いや、君を見ているとフィリップの事を思い出すんだ」
「フィリップ殿下ですか…」
ユリウスも少年らしからぬ遠い目になった。
従兄弟でもある彼はフィリップとも歳が近く、小さい頃は一緒によく遊んでいたのだ。
ジュリア率いる魔族の侵攻は、彼のような少年の心にも影を落としている。
ユリウスは美人の誉れ高かった母のレティシア譲りの顔に、拭いようのない悔しさと哀しみを浮かべていた。
彼も失った人々の事を考えていたのだろう、名前を口にする。
「多くの方々が、帰らぬ人になりました。アントンやベルント、ウルスラにフォーサイス卿やブレゲー子爵…」
「そうだな…父上、母上、そしてアールノーラポリスにいた多くの者達…」
リードも喪った人々に思いを馳せていると、ユリウスが威儀を正していた。
「殿下が魔族どもを駆逐し、国土を回復されますからには、僕も参陣させてください!」
この発言には全員が驚いていた。彼に侍する者がこの場に一緒にいれば、何か諫めたのかもしれないがこの場には来ていなかった。
サラは、どうお答えになられるのかと思いリードの顔を見て。
エルは、どういう魂胆なのか?と思いながらユリウスの顔を見て。
サリーは、若様とはいえこのような事を申されて大丈夫なのでしょうか…?何か仰ってあげてくださいと心配げにシンシアの顔を見ていた。
シンシアは、弟とリードの顔を、静かに見ていた。
そして、最後には全員の視線がリードに集まる。
そのリードは、大切な弟を見るような瞳でユリウスを見ながら口を開いた。
「その心意気はとても嬉しく思う。ユリウス。だが、君の歳ではすぐに戦の場に出る事はかなわないだろう。剣の腕は磨いているかい?采配について学んでいるかい?お父上の許可は得たのかな?」
リードができるだけ優しい声音と表情で問いかけると、ユリウスはうっと詰まったようになった。
だがそれも一瞬の事。ユリウスは決意でそれを押し流すと、声を励まし答えた。
「許可はまだです。ですが、剣の腕は磨いています。采配も学んでいます。王国奪還にかけるこの気持ちは誰にも負けません!」
「ユリウス様!」
ユリウスの決意表明の直後、割り込む声があった。
声の主は、早足で歩み寄ってくる。体格の良い壮年の紳士だ。
「ワイズマン…」
「殿下、申し訳ありません。ユリウス様が勝手な事を…」
代々バンセル家に仕え、ユリウス付の教育係を務めているヴィクトル・ワイズマンだ。
勢いを削がれたユリウスも顔に憂色を浮かべ、恐縮した。
「本当に申し訳ございません。私が付いていながらこのようなご勝手を…」
若君が勝手に直訴した事に恐縮し、深く謝罪するワイズマン。
無茶な行動だったかと思い、ユリウスも恐縮し始めた。
「リード様…」
どうか弟を許してあげて下さい。シンシアはそんな言葉を口に出しかけたが、その前にリードが口を開いた。
従兄弟でもあるユリウスには普段は砕けた口調で話すのだが、ここではあえて固い言葉を用いている。
「いや、いいのだ。ユリウスの心意気は見事。なれど我らはまだ若く、そしてこの戦いは続くだろう。いずれ活躍の時は来る。それまで自身を磨いておいて欲しい」
「それでは…」
「熱意故の事。これからに期待しよう」
「ありがとうございます!」
「若様をお許しいただき、深く感謝申し上げます」
ユリウスとワイズマンが深く謝し、立ち去った後。
「ユリウスが失礼な事を申し上げました。ですが…」
「大丈夫だよ。気にしていないから」
謝罪するシンシアににこりと微笑み、リードは優しく答えた。