世界征服 14
アルスはもうここに永住する気だった。ここでユキと結婚し、沢山の子を成し、死ぬまで田畑を耕して暮らす……それは彼がようやく巡り会えた安住の地だった。
そんな事を考えていたある日の晩、来客があった。
「誰だい?こんな遅くに……」
ドンドンとせわしなく戸を叩く音に頭を掻きながら戸を開けたアルスは、戸の外にいた人物を見て言葉を失った。
「…やっと見つけたわ…アルス…」
そこには軽装の鎧を身にまとった栗色の髪の女が涙に瞳を潤ませながら立っていた。
「セレナ…」
彼女はかつて共に魔王を倒した冒険の仲間の一人だった。
「一体どうして…?」
「迎えに来たのよ!みんなあなたを必要としてるわ!」
「僕はもう勇者じゃない。この村で残りの人生を生きるつもりだ。それに国が滅ぼされた時、王宮にあった聖剣は魔王の手に落ちたという…聖剣が無くっちゃ勇者がいてもどうしようも無いよ」
「聖剣は無事よ!城が落ちる前に王子様が持ち出したのよ」
「何だって!?」
「王子様と生き残った騎士達は隠し砦に立てこもって王国再興の機会をうかがってるわ。お願いアルス!あなたの力が必要なの!四国連合だって魔王の前では無力だわ。このままじゃ今度こそ本当に世界は魔王に支配されてしまう!そうしたらこの村の人達だって…。もう世界を救えるのはあなたしかいないのよ!」
「……」
アルスは何も言わず、ただ黙っていた。
「魔王が……」
聞けばセレナの祖国はザインが支配下に置かれてしまったのだ。彼女は祖国を離れておりザインの動向を掴んで駆け付けた時には落城した後であり、国境付近で引き返した。仮に乗り込んでいれば、魔王に犯されていただろう。
「……悪いが俺は勇者を辞めた、魔王を倒したと言う偽ったからには勇者資格なんてない」
「……」
アルスは偽ったのではない誰かが魔王を倒したと解釈してしまったのだ。
「例えアマテラス様の勅命が来た時には自殺するからな……泊っていけ、最近は妖怪も凶暴化しているからな」
セレナを招き入れるとアルスは言う。
「勇者アルスはもうこの世にはいない……ここに居るのはモノ好きな大陸人だ」
同胞から罵倒された彼は忽然と消えた……探しているうちにザインが動き出してしまい、最悪な事に国が一つ滅んだ。
セレナはその時の事を今でも覚えている。
「やはりアルス殿は責任を感じているでござるな」
その様子を木の上で見ていた一人の男が呟く。
「……我が帝の勅命を出せば腹を斬るつもりとは、大陸の武士道(騎士道)も立派でござるな」
問題は魔王が何時ここを付きとめるか……彼は考えた末にある場所へと急いだ。
アルスが住む村から少し離れた場所にある神社にハンゾウの姿が居た。
「そうですか」
和室にろうそくの明かりがともる中、上座に居る少女は呟く。
「このままではアルス殿は自害し魔王軍が勢いを増すばかりです……」
「分かりました、この書状は伏せて明日会いに行きます」
「し、しかしこれは帝直々の……」
「私は帝の子です、母上も分かってもらえるでしょう」
少女はアルスの心情を痛いほど分かっていた。
「ハンゾウ、近頃各地で遊女が消えていると言う噂はどう思う?」
「……大陸の人買い商人にしては不自然ですな、子持ちの者まで浚うとなると」
「ザイン魔王は色術で人を魔人化しているかもしれません」
「!!!」
ハンゾウは驚き、眼を見開く。
「ザイン帝国の国境線に近い村は要塞化、女子供は主要都市への集団疎開……」
「御見それいたしました」
「人の心は清らかなほど脆く、欲がある程強い……その魔王を倒したと偽った者を付きとめてからこの書状を見せましょう」
少女の提案にハンゾウは深く頷く。