比翼の鳥は運命の空へ 15
「驚かないっていうか、もう知ってたんだ」
アレスはモニカを助けた時に彼女が聖霊光を纏っていた事を話した。
「そうだったの。なら最初から気付いてたのね」
「そういう事になるな。それによ……」
アレスは右手を真横に伸ばして目を閉じた。
すると手のひらの上に拳大の光球が現れた。聖霊だ。
「こういうこった」
眉を顰めたモニカに、アレスは苦笑混じりに微笑んだ。
「そうだ。話は変わるけどさ。俺さっきまで山行ってたんだ。そんでこれ見つけたんだけど、モニカのだろ?」
モニカに投げ渡されたのは杖だった。
「確かに私のね。ありがとう、てっきり流されてしまったものかと思っていたわ」
「そっか」
モニカは受け取った杖をトランクのそばに立て掛けた。その横にはリタが選択した蒼色のワンピースもたたんで置いてある。モニカの荷物はそれで全部だった。
「これでいつでも出発できるわね」
「……出て行くのか?」
問い掛けたアレスの声はどこか寂しげに聞こえた。
「ええ、近いうちに」
「そっか。そう、だよな」
それきりアレスは黙り込み、重い沈黙が部屋に広がった。
アレスは複雑な心境だった。
モニカがいつか出て行く事など最初から分かり切っていたのに、なのにその一方で彼女と別れ難くも思った。
(やっぱり俺はモニカを……?)
リタを拒絶してしまった理由、モニカが気になる理由。それを確かめるためにも、もう少し時間が欲しい。
「一つだけ訊くけれど」
苦しくなる問い掛けが来たのはそんな時だった。
「アンタも、いつかこの村を出て行くつもりなの?」
「――――――」
アレスは言葉を失った。
「な、なんでそう思うんだ」
思わず質問に質問を返してしまう。肯定も否定も出来なかった。
「……」
モニカは黙して答えなかった。微かに息を飲み込んだのは、何かを言おうとしてその直前で言葉を飲み込んでしまったためのようだった。
再び重苦しい沈黙がおちたまま、ただただ時間だけが流れていく。
「ごめんなさい。さっきのは忘れて……」
彼女が唐突にそう告げたのは、完全に日が落ちて部屋が暗くなったころだった。
「遅くなっちゃったわね。私、もう寝るから」
「ああ……」
アレスは苦悶を堪えた無表情で返事をすると、力無い足取りで部屋を出ていった。
独りになったモニカは、ベッドに身を預けて深い溜め息を吐いた。
何をするでも無く、ただ雨戸の壊れた天窓を凝視する。そうしていると、己の吐こうとしていた言葉の恐ろしさを嫌と言うほど自覚した。
一緒に行こう、あの時モニカはそう言おうとしていた。
それはアレスという少年に必要以上に立ち入る言葉であり、今ある彼を壊しかねない誘惑であった。
モニカは逃亡者であり、追跡者であった。避け難い戦いの運命を背負った戦士でもあった。彼女とともに行くという事はその運命に巻き込まれるという事だった。