大陸魔戦記 90
失言を隠すように、アグネスを睨む。
「それで、何の用だ」 「湯浴みに同伴させていただこうと」
「後で入れ、すぐに出る」 「姫様のすぐはすぐではありませぬ」
「湯船が小さくて入れまい」 「いえ、身体を密にさせれば」
悶着を片手であしらうように、アグネスは湯船に身体を滑り込ませた。
「ほら、大事ありません」
「我は出る、好きに入っておれ」
そういって出ようとしたセリーヌではあったが。
「私は湯浴みに同伴したい、と申し上げましたが」
やはり、微笑んでいる。
「…あとで、借りはいくようにも返せるのだからな」
「お待ちいたしております」
「言っておれ」
すとんと、しかし恐れるように、湯船に腰をおろす。
「…」
狭い浴槽。
見事な肢体を持つとはいえ、未だ育ちきらぬセリーヌの青い身体が、やや長身のアグネスに包み込まれる形となる。
「姫様の背も、じきに追いつかれます」
「歳がほとんど変わらぬと嫌味にしか聞こえぬ」
セリーヌは逃れるように顎まで湯に漬かる。
そんな主君の顔を追いかけるように、アグネスは覗きこんだ。
やはり、微笑んでいる。
「な、…ん」
と、思うと、アグネスは湯に漂う主君の髪の一房を、撫でるように摘んだ。
「髪は、お洗いになりましたか、身体の方は」
「…意図的に子供扱いするでない」
「滅相もありません。そんな事は微塵も」
アグネスは否定するように頭を振り。
その髪がセリーヌの顔に僅かに触れる。
「…今日は意地が悪いな」
「いえ、何と申し上げましょうか、姫様はついこの間まで夜中一人で…」
「アグネス」
「は」
「つい、この間、というのは聞き捨てならぬ。7,8年は経っておろう、それに子供扱いはしていないと言った口で子供の頃の事を持ち出すとは――」
慌てて言った所で、セリーヌは気づいた。
『滅相もありません』
その意味が、違う。
アグネスは「子供扱い」したことに対して、言ったのではない。
「意図的に」子供扱いしたことに対して、言ったのだ。
「むきになる所が、子供だと申し上げております」