蘇る魔神たち〜近代の戦い〜 18
頼れるけれどちょっと危ない兄貴分、バリィ兄さんではない。
漏らした小便で刺激臭を漂わせるチンピラ兵でもない。
まかり間違っても床で伸びているマモン伍長でもない。
彼は締め落とされたショックだろうか、人知れず獣欲にまみれた逸物から、粥の様な白濁を下着の中に放出していた。
つい先日『男』になったばかりの勇者様を『女』にする、妄想と共に落ちていた。
そんな事はどうでもいい、問題は声の主である。
アレスの耳にその声は低く、発せられた位置も低かった。
その第一印象はちっちゃいおじさん、ただし筋骨隆々、そして妖精を祖先に持つ種族特有のオーラ。
ドワーフの老兵であった。
そして小柄で力持ちだが鈍重とされる、ドワーフとは思えぬ早業を、アレスは目にしていた。
右手のステッキがバリィのショットガンを、左手に丸めた競馬新聞がチンピラのリボルバーを制していた。
物理的な制約は薄い、ただし威圧感に満ちたそれで、バリィとチンピラ兵が拳銃を納めた。
「ネバル、あとで掃除しとけ、それと壁の修理だ。」
「了解!」
どう見ても役立たずの穀潰し、ネバルと呼ばれたチンピラ一等兵が、この老兵ドワーフに端正な敬礼動作を行う。
いや行わされたと言うべきか、歴戦の兵にはそうした見えない力があるという。
「アレス・ジャスティス二等兵、受け渡し書類を寄越せ、そこの装備を確認しろ。」
「了解!」
アレスの身体は言われるがままに動き、先程まで危なっかしい軽口を叩いていたバリィ兄さんは、何かあるまで『休め』の姿勢を保つ心得を守っていた。
アレスは木箱と油紙包みを開封し、伝票と照会する。
戦死者の死に装束として埋葬される分の軍服以外は使い回しだ。
アレスが確認している装備は幸い、クラフトマン技能にたけたドワーフが管理していただけあって、整備修繕が行き届いていた。
ボルトアクションの標準的な歩兵小銃もまた、以前の物より新しい機種で使い勝手が良く、十発弾倉が付いている。
アレスは満足気に伝票と員数を確認しながら、ふと違和感に気が付いた。
拳銃
本来なら下士官以上、後は一部の特技兵か後方職種の装備。
そいつは過去に各国で採用されながら、数あるアイデア商品に押されて陰の薄くなった銘銃。
地味で簡素な年代物、45口径6連発のシングルアクション・リボルバーであった。
添えられた伝票の小難しい文章を要約すると、軍の員数外なので私物の護身銃として使うといい…そんな具合だ。
かつてアレスの隣にいた同期の青年も、似たような奴を雑嚢に突っ込んでいた。
親戚中にカンパさせて軍旧式の払い下げ品を私物購入したと自慢していた。
(他の新兵でもイキがって私物の拳銃を見せびらかす連中はいたが、アイバー辺りの普及品が関の山だった。)
まさにアイツの遺品が戦場跡から回収されて、という出来過ぎた物語はないだろう。
アレスはこの拳銃の出所がどうあれ先日の報償、とでもとらえておく事にした。
アレスがよくよく書類に目を通してみると、覚えのある階級姓名が記載されていた、それも三名。
申請リタニア・シュルツェン軍曹、調達エリーゼ・フレデリック少尉、承認ディートリンデ・フォン・ヴィーレフェルト・ド・アールヴヘイム少佐。
そりゃもう片端からアレスとアレした女性の名がきっかり三人前並んでいた。