先生教育委員会 1
放課後の教室。
俺は教え子の一人に呼び出され、どこかもの寂しい教室に立っていた。
「せーじっ」
目の前で対峙するその生徒は、徐に俺の名を口にする。
篠田真希。
俺が担任を務めるクラスの学級委員。
その真希が、教師の俺を呼び捨てにした。
「皆、林田先生のことを陰でそう呼んでるんですよ!?」
だから何なんだ?
林田誠二は俺の名前だし、問題ないじゃないか。
「お前らの年頃なら、陰口がない方が問題だと思うぞ?」
そうあしらっても真希は取り合わない。
むしろ、何かが癪に触ったようだ。
「そうやってヘラヘラしてるから、私達が同情されるんですよっ」
……なに?同情?
「少しは、こう……ビシィィッと言えないんですか!?」
触らぬ神に祟りなし、とは体裁上言えるわけもなく、
「一々取り合ってたら、お前達もウザイだろ?」
と、溜め息に混じらせて言ってやった。
どうだ? 図星だろ?
「一々取り合うのが教師じゃないんですか?」
うっ……痛いところを突きやがるっ。
「はぁ〜……んじゃあ、どうしたらいいんだ?」
「尊敬されてください」
いや、無理だろ。
いきなり何を言い出すかと思えば……
「私達も手伝いますからっ」
とくる。
「どうやって?」
「体罰です」
たいばつ……だとっ……?
それは俺の教師生命を終わらせる手助けじゃないかっ。
志して就職した職業を、何故にこの手で終わらせなければならんのだ。
「今の教師は弱すぎますっ。教師が生徒の機嫌をとるなんて、有り得ません」
時代が違うんだよ、時代が。
そもそも変態教師が多過ぎる。
不祥事で教師の変態っぷりがマスメディアに取り上げられ、蔑まれる。
その結果がこれだ。
俺みたいにネットやAVで我慢してりゃいいものを……。
それに、保護者が異常なほど我が子を溺愛する。
モンスターペアレントってやつだな。
しかも学園ドラマでは現場の内情をバラしまくり、教育委員会という便利な言葉を覚えやがった。
それを振りかざしてつけあがってるのはどなた方かご存知ですか?
「私達は林田先生に、尊敬の対象だった頃の教師になって欲しいんですっ」
「『私達』……?」
「そうです。3B全員です」
俺のクラス全員が……?
「あ、でも……」
真希は自分の右手首を顔の前に持ってくる。
「体罰は3Bの、この赤いゴムを手首つけてる生徒だけにしてください」
「え? 3Bだけに?」
やるかどうかはおいといて、それは意味があるのか……?
「当たり前ですっ。体罰なんてテレビ沙汰ですよ?」
わかっててやれって言うのかよ! お前はっ!
赤いモールゴムを手首に巻いた真希の腕は、元の位置へ戻っていった。