悪のハーレム 9
次の瞬間、パンターは自らの体が全く動かないことに気が付いた。
「最大のチャンスは最大のピンチよ…次に生かしなさい?パンター」
囁く声がパンターに聞こえたかどうか、瞬時にパンターの四肢はバラバラにされ、パンターはその場に崩れ落ちた。
アクアエンジェルの最大の必殺技、アクア・クラッシュは自身を液体化させ、内側から侵入して肉体を破壊する暗殺技だ…だからこそ消耗は激しく、よほど追いつめられない限りは使わない必殺技でもある…それゆえに攻撃を繰り出した後に、アクアエンジェルはひざを突き、息を荒くしながら何とか再度立ち上がろうとしていた。
(他のエンジェル達が来ないなんてどうなっているの…機界帝国にそこまでの戦力をかけて私達を倒す理由もないし…それならなぜっ…)
「はっ!?な、何者ですかっ!!」
疑問が頂点に達した時、いきなり背中に感じる気配にアクアエンジェルは身を伏せた。
魔法少女タイプとはいえ武闘派に変わりないためか、素早い反応が正解であると答えるように、背後のビルの壁は瞬時に砕け散る。
「ざんねーん、やっぱり始めては難しいなー、お姉さんもそう思わない?」
アクアエンジェルの前で軽々しく呟く少女の姿の怪人にアクアエンジェルは身構えた…口振りは子供のそれだが実力がただ者でないのは事実だ…背後にはまるで機銃掃射を喰らったかのように砕け散るコンクリートの壁がその威力を物語っているし、何より少女の見た目はクモ人間…赤い目に青い肌、黒髪に体から生えるいくつものクモの足と、さらに 尻に付いた糸壷からして、魔獣帝国の怪獣人…それにさらに気配を消す力は忍びのモノだ、下手をすれば新勢力かもしれない。
口から吐き出しているのは糸なのか…あんなものを食らえばひとたまりもないだろう。
「くっ…貴女と戦っている暇はないわっ!!」
吐き捨てるようにアクアエンジェルは呟き、そのまま水を操る力を応用し、分身しながらもクモ少女を尻目に走り出した、撤退は痛いが今は体制を立て直すときだ。
「はぁっ…はぁっ…」
汗ばむ身体に髪は振り乱れ、フリフリの可愛らしい衣装は激しい戦いで幾分か綻びができる中で、それでも仲間を呼び、今は逃げ切ることを第一に考え、廃墟の上をアクアエンジェルはひた走っていたが…。
「きゃああああああっ!」
次の瞬間に見えない何かがアクアエンジェルを襲った、初めは不快感、
そしてその次には凄まじい耳なりと体の痛み、悶え昏倒するアクアエンジェルに対し、空中を漂う襲撃者…コウモリ少女は楽しげにインカムに話しかける。
「こちらツバサちゃんですよー、スパーちゃん誘導ご苦労様ー、後はレオナちゃんがトドメを指しちゃうのかなぁ〜?どうする、レオナちゃん?」
少女の楽しそうな声が響く中で、なんとか立ち上がったアクアエンジェルは、這いずりながらもさらに逃げだそうと必死になっていた。
(な…なんて力なのっ…このままではっ、早く皆に連絡をっ…)
連絡機器が使えない状況、さらに分身した身体も超音波で破壊されてしまえばもはや自分は丸裸同然だ…死を覚悟した戦士とはいえ、逃げることを考えることも、死にたくないと思うことも、現状にあっては 何も不思議ではない…ましてや痛めつけられた事で思考の回らなくなっているアクアエンジェルからすれば、もはや今できることは這いずりながらもこの場から逃げ出すことに他ならなかった。
…さらなる地獄が待ちかまえている選択、などとは考えもせずに、だ…。
ーーーーーーーーー
「はぁっ…はぁっ…ここまで…逃げ切ればっ…あ、雨ですか?」
ボロボロになりながらも必死に歩を進めるアクアエンジェルは、体にぽつぽつと当たる何かに気づき、かすれた声を上げる…水魔法により乾いた空気は肉体をより疲弊させていたが、雨はさらに体温を奪うものだ…一刻も早く仲間と連絡を取らなくては…そう考え足を動かすアクアエンジェルはその感触に顔をしかめる。
「…砂?」
アクアエンジェルが雨だと思っていたそれは微量の砂…それもかなり細かいものだった、それが地面にまで散らばり、次第にアスファルトが見えないほどに大量の砂が辺りに落ちている。
おかしい、こんなものが降るはずは…そう考えた次の瞬間、砂は突如として足を掬うような勢いで回転するように動き始めた。
「ひ、ひゃああっ!な、何ですかこれはっ!!きゃああああっ!!」
「ふふふ、何ですか?って蟻地獄に決まってるじゃないの?アクアエンジェルさん?」