ルパン三世・不二子の受難 19
「…さあ、きみたち。そのオンナから離れたまえ……けがれたオンナのけがらわしい血なんか、浴びたくはないだろう?」
手術メスをふりかざした老婆が迫ってくる。
「う、うわあっ」
「き、キモッ…なんだよコイツ付き合ってらんねェっ」
しぼみかけた性器をぬぐうひまもなく、悲鳴を上げて駆け出すノブとノグソの二人。
迫りくる妖怪じみた老婆、如月ミチルをすり抜け、ランドセルも忘れて鉄のドアから地上への階段を駆け上る彼らの足音が、しだいに遠ざかってゆく…。
「さあ、早くしないと完全に薬が切れる…、吉岡君もそこをどきたまえ」
いまだ快楽の余韻から覚醒できずにいる不二子の身体の下から抜け出したヨシユキ少年が、むきだしのペニスを隠そうともせず、彼女を背にして仁王立ちになっていたのである。
ふるえながらも彼女をかばう少年の前で、新薬の副作用なのか、実年齢以上の老化がさらにミチルをむしばんでゆく。
「…ワタシがキミを傷つけないと思っているのか?」
魔女のように痩せ細った骨と皮だけの手に握られたメスが、少年に振り下ろされる!!
「ぎゃっ」
少年のノドが真一文字に切り裂かれ、またたく間に鮮血が吹きだしてくる…。
「…バカなこどもだ……オンナを知って、度胸がついたつもりだったのだろうが」
壮絶な返り血を浴びながら、ためらうことなく老婆は倒れたままの不二子のみぞおちにブスリと、メスを突き立てた…
…その、とき!!
「うがああああああっ!!」
不気味な悲鳴を上げてのけ反ったのは、老婆ミチルのほうだった。
思わずメスから手を離してしまう程の衝撃に振り向いた老婆の背後に、人影が立っていたのだ。
「おまえは…おまえはっ」
しばらく前に、吉岡ヨシユキ少年が脱ぎ捨てた、スタンガンを仕込んだ子供用の手袋を両手にはめた、半裸の少年…
…いや、少女。
(…か、カオル……!)
自分の喉笛からヒューヒューと空気と血液をもらしながら、意識を失いかけたヨシユキ少年の見たものは、さっきまで気を失って倒れていたはずの『元』ガキ大将、カオルにほかならなかった。
「ぐぐ…くそ、ち、ちからが出ぬ……」
スタンガンの不意打ちを食らった老婆が床に倒れ込んだまま、白衣の胸ポケットを探ろうとするのへ、
「…ぐわっ!!」
カオルの手袋による追い打ちが加えられ、老婆の手から怪しげな錠剤入りのピルケースが転ろげ落ちる。
すかさず、それをカオルがつま先で蹴とばしたために、電撃を浴びた直後の老婆にはもはや、頼みの綱の新薬は手に届かなくなってしまった。
急速に激しい老化におそわれ、半ば毛髪や歯が抜け落ち、もはやミイラのような姿をさらしながら、しかし老婆は信じられない光景に目を見張った。
下腹の中心にメスが刺さったままの不二子が、血を流したまま立ち上がり、ノドを切られて死にかけの少年を抱きおこしたのだ。
「…?」
劣化し続ける老婆の表情が凍りついたのは、次の瞬間だった。
不二子が片手でメスを引き抜くや否や、どくどくと血を吹きだしていた傷口が、みるみるふさがっていくではないか。
…血に汚れたヘソ周りの肌には、もはや刃傷はおろか、一点のシミさえも残っていない。
不二子は引き抜いたメスを放り投げると、自分の血液がこびりついた指先を口にふくむ。
「…!」
その唇が、すでに呼吸の停まった少年のそれに重ねられたとき。
口移しに流し込まれた、不二子の血のちからなのか。
真一文字に裂けていた少年のノドが、不二子の傷同様、急速に治癒してゆく……。
「……そ、そうか…おもいだした…」
生きながら干物のようになっていく老婆が、声にすらならぬつぶやきをもらす。
「み、峰 不二子…
…1960年代に犯罪史にその名が現れてから40年余……変わらぬ美貌と姿を保ちながら、現在も現役で犯罪を続けている、謎の女……
…その異常な回復力……聞きしにまさる、ま、魔女………」
がくり、と人形の首が折れるように老婆の頭がくずれ、やがて動かなくなった。
…如月博士の息子としてニセの情報を流した、『ヨウカイばば』こと如月満琉博士の、哀れな最期であった。