月野うさぎとプリンスデマンド 31
「前に…美容院に行った時、女性の店長さんに『きれいな髪』って言われてシャンプーされたけどある事件が起きてヘアカットどころじゃなかったの。だから今日を機に髪を切りたくなったの」
衛がうさぎの長い髪の毛を触れることが多かったが、今は衛に髪の毛に触れてもらうことはもうないのだ。
うさぎが衛のことを忘れるにはそれしかなかったのだ。
「…わかった。では美容師に城で髪を切ってもらおう」
「そんなことができるの?」
「ああ。この城には専属の美容師がいて、ヘアサロンがあるからすぐにでも切ってもらおう」
「本当?ありがとう!」
うさぎの笑顔はどこか切なげだった。
デマンドとうさぎはヘアサロンに入った。男性の美容師がヘアサロンの扉の前で待っていた。
「お待ちしておりました。プリンス・デマンド。プリンセス・セレニティ」
「美容師は女性で頼む。彼女は身体の具合が優れないので何かあったら私に知らせてほしい」
「わかりました」
女性の美容師Aがうさぎを出迎える。
「セレニティ、スタイリングチェアにお座りください」
「ありがとう」
うさぎはスタイリングチェアに座り、自分の髪型をじっと見つめている。
デマンドはうさぎの隣のスタイリングチェアに座り、うさぎを見つめている。
「きれいな髪ですね。切ってしまうのはもったいないくらいですね」
「…よく言われます。ばっさり、前髪も後ろ髪もベリーショートにしてほしいんです」
「は、はい…」
「セレニティに似合う髪型にしておくれ」
「本当に切ってよろしいのでしょうか?」
衛のことが頭の中に浮かんだうさぎ。
衛に会って髪の毛を触れてもらうことができないのなら、髪を伸ばしても意味がないと感じた。
「…はい、お願いします」
「失礼いたします」
美容師Bがうさぎの肩にタオルとカットクロスを被せる。
「髪、ほどきますね」
うさぎのお団子頭が解かれ、さらさらの髪が広がる。
「それではシャンプー台に移動します」
「はい」
うさぎと美容師Bはシャンプー台に移動した。
うさぎはシャンプーチェアに座り、シャンプー台に寝かされる形になった。
その様子をデマンドが見ている。
「顔にタオルをかけますね」
「はい…」
「失礼いたします」
美容師Bはうさぎの顔にタオルを優しくのせ、シャワーを出した。
「熱くないですか?」
「はい…」
うさぎの髪の毛をお湯で充分に濡らした後、シャンプーを3プッシュほどしてうさぎの髪の毛にすりこんだ。
うさぎのシャンプーが始まった。
「かゆい所がありましたら遠慮なくお申し付けください」
「はい…」
美容師Bは前髪から襟足までうさぎの髪の毛を丁寧に洗う。
「(この人、シャンプーが丁寧で気持ちいい…)もう少し右、お願いします」
「はい」
美容師Bはうさぎに言われた通りにシャンプーする。
「(本当に気持ちいいなぁ…)」
久しぶりのヘアサロンでのシャンプーであったうさぎ。
前回はシャンプーのみだったが、今回はヘアカットもするのでドキドキしている。
「シャンプー流しますね」
美容師Bはシャンプーを丁寧に流していく。
リンスも3プッシュほどしてうさぎの髪の毛にすりこんでいく。
「(リンスも丁寧にやっていて全然不快にならなくて気持ちがいい…)」
うさぎはシャンプーとリンスが心地よく、少しうとうとして来た。
「リンス流しますね」
「はい〜…」
美容師Bはリンスも丁寧に流している。
やがてシャンプーとリンスが終わり、タオルを出してうさぎの髪の毛を丁寧に拭く。
「お疲れさまでした。タオルを巻きますね」
「は〜い…」
美容師Bは手際よくうさぎのロングヘアをタオルで巻いた。
「ではスタイリングチェアに戻ります」
「は〜い…」
うさぎと美容師Bはスタイリングチェアに戻った。
うさぎのドレッサーの前には紅茶が出されていた。
「お疲れ様です、セレニティ。ハーブティーをどうぞ」
美容師Aはうさぎがシャンプー台にいる間にハーブティーを淹れていた。
「ありがとう…。いただきます」
うさぎはハーブティーを冷ましながら一口飲んだ。
「おいしい…」
「ありがとうございます」
「ヘアカットの際はセレニティを傷つけないようにしてくれ」
「もちろんでございます」
「…あたし…。今まで髪を切ったことがないの」
「え?」
デマンドは驚いた。
「小さい頃、ママがいつもお団子頭にしてくれたの。あたしはそれを気に入って今日まで、お団子頭にしてたの」
「でしたら、別の日にヘアカットにしましょうか?」
「ううん、いいの。別の日にしたら気が変わってしまうかもしれない。それにあたしって泣き虫だから、初めて髪を切ることで取り乱すことがあるかもしれない」
一同は黙ってうさぎの話を聞いている。
「…デマンド。あたしのヘアカットが終わるまでの間、席を外してくれない?」
「わかった。では1時間後にここに戻ることにする」
「うん、ごめんね」