ありのままに生きたくて 2
「サインください、サイン!」
「俺も俺も!」
おいおい、いきなりサイン求めてくるのはいいけど、色紙持ってるのかいキミらは。ランドセルとか着ているTシャツに書いてくれってのはちょっとご遠慮願いたいぞ。
…とも思いながらも、小学生のキラキラした眼差しと勢いに負けそうな自分がいる。
――と、そこに
「はいはい、それ以上やるとお姉さんが困っちゃうでしょ?」
私に対してがっついてくる少年たちを制するお姉さんが現れた。
引率してる先生だろうか、それともこの中の誰かのお母さんだろうか。
キリッとした顔立ちのお姉さん。
そう言えば、戦隊ヒーローもので共演した先輩に、似たような頼れるお姉さんがいたなぁ。
役柄としては悪役の女王様みたいな感じだったけど、プライベートで何度もご飯に連れてってくれたし、一緒にジムでトレーニングもしたなぁ。
そのお姉さんが少年たちを一喝すると、途端に彼らはおとなしくなり一列になって通学路を歩き出す。
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ」
緩やかな坂道を登って行ったところにある学校に向かって歩いていく少年たちとお姉さん。
その後ろ姿を私はしばらく見守っていた。
小降りの雨がやんで、雲の合間から薄日が漏れてきた。
スマホで確認したらこれから晴れてくるようだ。やったね。
飲み切ったコーヒーの缶をごみ箱に捨て、さあ今日はどこをどうやってドライブしようかなと思っていたところに――
「あ、まだおられましたね」
「んっ」
さっきのお姉さんだった。
戻ってきたということは先生じゃなくて保護者だったんですね。
「さっきはうちの子たちがご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、あんなのも久しぶりで、ちょっと嬉しかったです」
「うちの子もお友達も、みんな毎週日曜の朝を楽しみにしてるんですよ」
「そうですか。それは嬉しくも、申し訳なくもありますね」
「申し訳…?」
お姉さんが不思議な顔をする。
「もう芸能界は引退するつもりです……ここ最近、嫌なこと続きで」
「そうですか…だから」
「ごめんなさい。みんなの期待に応えられない、弱い人間なんです」
「いえ、あの世界は大変だと聞きますから…」
お姉さんはどこまでも優しい人だった。
お子さんたちも憧れるヒーローがこんなにメンタル弱いのに、それでも…
「これから、何かされるとか、目的とかって」
「全然ないです。今日どこに行こうとかも、全然考えてない。無計画のまま辞めるって言って飛び出しちゃったんで」
我ながらなんと恥ずかしいことなんだろう。
それでもお姉さんは優しい笑顔で。
「それでしたら、しばらくこの町で過ごすのはどうでしょう」
「この町で?…」
それは考えてもいないことだった。
「ええ、都会と違って何もない田舎町ですけど、心は癒される筈よ…」
目を細めて優しく微笑むお姉さん、この笑顔を向けてくれるだけでも私は充分に癒されている。
「近くに宿泊できる施設はあります?…」
ホテルは期待できそうもない。あったとしても寂れた民宿がいいところだろう…