初恋の人は 80
「最早、私は身内と連絡取る手段もありません・・・嵯峨家の力なら調べはつくようですが、それは必要無いと」
どこか諦めたような春香の言葉からすると、お袋から一応奴隷妻とは認められたようだ。
つまり実質身内のいないみたいな方が好都合と思われたのかもしれない。
そんな話ともう一つ、実家から戻ってきた俺にきららがこんな話をしてきた。
ここを出てあのオッサンの所に行くと言うのだ。
「春香さんの件が上手く行ったみたいだし、私はおじさまの看病に行くわ」
「そうか・・・」
きららがあのオッサンを大事に思ってるのは聞いていた。
むしろ逆に感謝してるとも。
「どこからかの力なのか春香さんの専属契約も解除されたみたいだし、陽菜ちゃんもいるからこっちは心配無いみたいしね」
「ああ、また会えるか?」
既に荷物すら片付けているきららにそう言うと、彼女はニッコリ笑う。
「コーくんの事大好きだから、たまに抱かれに来るわ」
そう言い残してきららは去って行った。
数年は会えない気もするが、これが永遠の別れでも無い。
何よりAV女優結川きららとして映像では会える。
こうしてきららが俺の元から去ったが、陽菜は残った。
何時もとは違って唐突に会いたいと言ってきた陽菜に会ってまず謝る。
「ごめんな、俺の妻にしてやれなくて」
「いいの、はるはる先生が幸せなら」
アイドルが有力者の愛人をやるのとかは珍しい話では無いが、流石に知名度の高いアイドルを愛人にすると子作りは無理だ。
彼女がアイドル引退するまでは無理だし、今の雛森ニーナの人気からすると十年ぐらいは無理なのかもしれない。
「それからこーすけに頼みたい事があるの」
「それで会いたかったのか?・・・陽菜の頼みなら何でも聞くが」
「妊婦と子供を保護して欲しいの」
そう言った陽菜に連れて行かれたのは、AV女優とかがよく密会に使う個室喫茶店。
多分陽菜もきららに聞いて知っていたんだろう。
そこの個室に居たのは、娘を連れた優樹菜。
大きなお腹をした優樹菜の表情は真っ青と言って良かった。
「ダンナが警察に捕まって・・・何か詐欺とか借金が凄くあるとか・・・」
久々の再会は衝撃的な話からだった。
多分これから大騒ぎになるから、着の身着のまま出てきたんだろう。
俺の家に連れて行くことも出来ない。妻がいるのに、娘までいる別の女性が出入りすると目立つし、いらぬ誤解を招く。
結局、嵯峨家に縋ることとなった。親父に電話したら、別荘のひとつで匿うこととなった。
もちろん姿をくらましたからと言って優樹菜が幸せになれるわけではない。
彼女の夫を法的に守れるか、あるいは離婚を前提に話を進める必要がある。
専門的なこととなると、弁護士の領域だ。嵯峨家は弁護士だって動かせるし、当然抱えている。
「いいだろう。あえて人の尻拭いをしてやる覚悟がもてるのも、人の上に立つ者の資質の一つだ」
親父は弁護士も使っていいと言ったが、自分で会って説得しろと言ってきた。
親父が金は出してくれても、愛人の頼みと言える相手かは、直接顔を合わせるしかない。
学生丸出しの服装でなく、スーツを着て約束のホテルのロビーに行く。
俺が合うべき弁護士は、年配の経験豊富なタイプか、キャリアは浅いが冷徹で鋭い分析をする秀才タイプか想像もつかない。
「ちょっと、気をつけなさいよ!」
「すみません、人を探していたもので…」
「あなたね!」
「えっ、女?」
あたふたする俺に対し、長身で眼鏡越しにクールな眼差しの美女がいた。長い黒髪で背筋が伸びていて高級スーツを着こなす見るからにモデル体型ながら、まるで冗談が通じそうにないオーラを纏っていた。
優樹菜の旦那の代理人と言う女弁護士。
佐伯法律事務所の佐伯鏡花と言う名刺からして、女の身で若くして事務所持ちなのだろう。
まあ雰囲気からしてできる感じはした。
俺は親父から貰った会社の名刺。
肩書きは秘書室長とかなっているが、そんな部署無いから俺用なのだろう。
その名刺を見た瞬間、佐伯弁護士の眉間にシワが寄ったから効果はあるのかもしれない。
「はあ・・・何故この名刺が出てくるのかしら・・・」
「我々にとって重要案件だからですよ」
我々と言う部分はさも会社だと思わせぶりに言うが効果覿面だったようだ。
お陰で何とか冷静になれた。
と言うより実家の力にちょっと驚いて冷静になれてしまった感もある。
「それで身を眩ませれたのね・・・クライアントは奥様の確保を依頼してきたけど、バックを知れば引かざるを得ないわね」
「分かって頂けて幸いです」
危ない所だった。
どうやら彼女の依頼主は、優樹菜を借金のカタにするつもりだったのかもしれない。