優柔不断な恋心♀×♂♂ 4
「お・おい!直ぐに茶化すんじゃねーよ!リカと何があったんだよ?」
「別に大したことじゃない、ただエッチさせてくれってせがんだだけだよ…」
それは特別な意味を持たない、ごく日常的な普通のことのように語られた。
しかし、サラッと雅志が言う、“エッチ”と言う言葉に、強士の瞳が微かに泳いだ。
「ん?…どうかした?」
「いや…そんなことなのかと、呆れてな…心配して損した…」
「だからいつも言ってるだろ、強士は僕とリカのことに、首を突っ込み過ぎなんだよ…」
「分かってるさ…分かってんだけど、なんか放っとけなくてな…」
雅志は腹筋を使い、上半身を起こした。
「強士はリ…ィ…」
(!!ク!!)
立ち上がろと、中腰の姿勢を取った瞬間、腰に激痛が走った。
・・・“強士はリカのこと…好きなんだろ?”・・・
そう言いかけた雅志の言葉は、腰の痛みに遮られた…
雅志は腰を押さえ、眉間に皺を深く作っていた。
「おい!大丈夫かよ!」
強士は隙かさず、雅志の"くの字"に曲がった身体を支えた。
「まだ痛むのか・・・・?」
強士の腕を柔んわりと払いながらも、雅志は額に汗を溜めていた。
汗に交じり香ってきたコロンは、強士の好きな柑橘系だった。
「コンクリートが硬かっただけだ。…あの事故とは関係ない…」
何事も無かったのような素振りで、パンパンと白くなったケツを叩きながら、雅志は階段室に向かって行った。
強士はその姿を見詰めながら、雅志に触れた自分の腕をそっと嗅いでみる。
僅かにでも残っているだろうと期待したその香りは、
自分の付けている柑橘系が、総べてを消していた。
教室に誰もいなかった。
雅志を叩いた掌が痛かった。
それにも増してリカの心は泣いていた。
雅志の辛さに比べると自分の思いなど、足元にも及ばないことは分かっていた。
分かったような気持ちになることさえ、雅志に対して失礼だと思った…
総てを打ち明けてくれた時は嬉しかった。
雅志に近づけたようで感激もした。
それでもリカはまだ幼かった。
たった17年しか生きてきたに過ぎない、只の小娘だった。
雅志の悩みを理解し、寄り添える程に大人ではなかった。
リカとてちゃんと17才の性欲を持った女だった…
机に踞るリカを見た時、雅志は声を掛けることは出来なかった。
自分の歪んだ心が、リカを傷つけたことは分かり過ぎる程に分かっていた。
リカを好きだと思う気持ちは以前よりも強くなった。それは怖い程に日々増していた。
その思いが強まれば強まる程に、自分の不甲斐なさが雅志を痛め付けた。
長くは続かないことは分かっていた。
それならば一分一秒でも、リカと長くいたかった。
その反面、リカのことを本当に大切に考えるのであれば、少しでも早くに自分が身を引き、
別の男に、リカを差し出すのが本当の愛情ではないか?と自問した。
然れど雅志とて、まだ17才の男に過ぎなかった。
自分のハンデを自覚し、それゆえに愛する者を別の男に差し出すことができる程、大人ではなかった。
それでも、雅志はリカの踞る背を見詰めるだけで、
普通の恋人同士が行なうように、その背中を抱き締め、うなじにキスを送ることは憚かられた。
雅志は“ごめん”と口パクで囁くと、そっとその場から立ち去った。
紅に染まりつつある空に、シルエットになったトンボが滑るように泳いでいた。
強士はそれに向かい両手を伸ばし、つま先立ちで命一杯に身体を伸ばした。
「うぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!」
身体の底から声を出し、手を開いたままぐるぐると周った。
広い空が渦を巻き、黒いシルエットは円を描いた。
何十周かしたところで足が縺れ、強士は酔っぱらいのようにコンクリート地に倒れ込んだ。
「はぁはぁはぁ・・・」
息は上がっていた・・・
見上げる空は、今だぐるぐると回っていた・・・
涙が流れた・・・
それを拭うこともせず、ただ空を見詰め・・・あの日を思い起こした。