デッドエンド 163
「そういやさ、どれくらいエルゲンにいる予定なの?」
レネーが思い出したように言った。
「まだわからない。仕事となると準備にも時間がかかるし、そもそも召集の期限はもう少し先だしな。心配しなくても、一月以上はいることになるだろうから、手紙は十分届く」
「いや、そういうことじゃなくって」
彼はなぜか頭痛を覚えたかのように額をおさえた。
「リオンだよ。リオン、どうすんの? さっきそれでもめてたんじゃないの?」
「? 別にもめてない」
私は怪訝に首をかしげた。レネーの前でもめた記憶はない。
「うそだあ、機嫌悪かったよ。リオンが家に帰るって言い出したとき」
レネーは大げさに言った。
「仕事終わってエルゲンから出て行くとき、リオンどうするか話つけてたんじゃないの? 置いてくとかついてくとかさ」
何やら猫の子のような言われようだ。先刻のリオンとのやりとりを思い出して、私はふいとレネーから顔をそらした。
「…別にもめてない。私の意思とは関係なく、あいつは好きにするそうだ」
彼が私を待って、彼の帰省に私を付き合わせるつもりだ、とはなぜか口にできなかった。人前で言うには気恥ずかしかったからだが、レネーはそれ以上説明を求めてはこなかった。
「ふーん」
彼は少し人の悪い笑みを浮かべていた。
「リオンは好きにするんだ? じゃあクリスは?」
続くレネーの問いかけは、私にとって想定外のものだった。
リオンの答えは私にとってとても都合がよかった。おかげで私は彼に、別れようともついて来いとも言わずに済んだのだ。
自分がどうしたいのか、それ以上考えずに済んだ。
「私は……」
※※※
朝食前に宿の中庭に呼び出したリオンには、特に不機嫌な様子はなかった。夕べのことを根に持っているのではという懸念は当たらなかったらしい。
彼はけろりとした顔で、いつもどおり間合いをとって軽く身構えた。
ここ数日、組手に付き合わせていた。
朝の鍛錬を怠けがちになっていたこともあるし、何より、最初に相手をさせたときから、リオンの動きが全く、なっていなかったからだ。
リオンはまるきり戦闘の訓練を受けていないようだった。
珍しいことだった。貧しい境遇に生まれたブロンズクラスというならともかく、一握りしかいないシルバークラスの上位、養育者も存在したらしいのに。
14の身体能力があれば下位の者にはたやすく勝てるだろうが、訓練された直下のシルバークラスとなると話は変わる。
それでも最終的な勝敗がランクを逆転することはめったにないが、いたずらに長引かせ、要らぬダメージを負うことにもなるだろう。効率が悪すぎる。
最初は軽く、ごく軽い打ち合いからだ。お互い片手でガードして痛くもない程度。
目は良い。
視力ももちろんだが、視野が広く、相手…つまり私の、動き全体をよくとらえている。
少しずつ、集中が高まっていくのがわかる。