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デッドエンド
官能リレー小説 - ファンタジー系

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デッドエンド 164

 幾度めかに打ち出した正突きを、彼はぎりぎりまで引きつけわずかに体をひいた。
 誘われていると直感的に感じたが、どう捌くつもりか興味が湧いて、私はそのまま踏み込んだ。
 彼の右手が手首を巻き込むようにして、私の右の突きの軌道をそらした。そのまま開いた懐に左で踏み込み、喉元を狙ってくる。
「!」
 難なく避けることはできたものの、少し驚いた。
 リオンの動きの基本は素人のケンカのようなもので、打ってきたら避けるかガードし、打ち込める隙があれば拳を突き出すか蹴り上げる、その程度だ。
 効率の良い体の移動、力の流れを研究した武術の形などというものはない。少なくとも、基本はそうだ。
 にも関わらず、頻繁にこういうことが起こる。
 今日に限らず、明らかに素人ではありえない身のこなしを見せる瞬間がある。断続的で、それも一つ一つは一貫した一種の武術の形ではなく、複数の組み合わせだ。
 前日に私の見せた形だったこともあった。いや、こうして相手をさせ始めてからは毎日のようにそれがある。
 特に教えるまでもなく、彼は一度見た形をそのままトレースしては実戦に使っている。私の知っている形であることも、見たこともない動きであることもあった。彼が見たり、拳をまじえてきた相手の技術なのだろう。
 そのことに、彼自身が自覚的であるかどうかは怪しかった。
 どんなに勘が良くても、知らない形を一目見ただけで完璧に真似できるものではない。
 だがリオンは、少なくとも外見という点では完璧にうつしているように見えた。本来なら師に直されてしかるべき、個人の癖とおぼしいゆらぎまでも忠実に再現している。
「クリス」
 地面すれすれまで沈んで足払いをかける。飛びすさって避けながらリオンが名を呼んだ。
「ん? なんだ?」
 動きは止めず、攻勢にうつりながら応じる。リオンはガードしながらどこかあきれたような調子で言った。
「楽しそうですね」
「そうか?」
「だって笑ってる…っと、うわっ!」
 リオンが半ば体を退きながら不用意に突き出した腕を私はとらえて、踏み込みざまひねりあげた。
「いててて降参、降参!」
 情けない声が上がる。すぐに放してやると、彼は大げさに腕を振って痛みをアピールして見せた。
 ほぼ毎朝の日課となった一連のやりとりに、自然と笑みが浮かんでいた。
「なってないな」
「はいはい先生」
 すねたようなリオンの態度も可笑しかった。
 楽しそうに見えるというリオンの言葉は正しい。
 彼が毎朝見せる様々な武術の形や、それらを応用する彼自身の対応力を見るのは楽しかった。先が読めない驚きや瞬間の緊張が、私は嫌いではないのだ。
「クリスって…もしかして、こっちのが得意?」
 リオンが少し考え込むようなそぶりをしたかと思うと、唐突にそんなことを聞いてきた。
「こっち?」
「でかい剣振り回すよりか、こういう、徒手での格闘戦みたいな」
 こういう、と言いながら彼は妙な身振りをまじえて補足した。
「今頃気付いたのか?」
 何を今さら、と私はあきれた。  
「こんな重いだけの武器が『得意』な人間はそうはいない」
 リオンは拍子抜けしたような顔をした。
「じゃあ何で」
「何で得物にしているか? そうだな」
 深く考えたことはなかったが、答えは私の中ではっきりしていた。
「適当に振り回して、当たれば相手を戦闘不能にできるからな。便利だ」
「そういうもん?」
「だと思うがな」
 リオンは不可解そうに首をかしげた。
「ええと、じゃあ小さいころからそれ使ってた?」
 質問の意図のわからないまま、私は簡単に答えた。
「そうだな。五年ほど前からになるか。子供のころは、お前の言う徒手での格闘技を習っていた」
 他の武器についても、ひと通り扱い方の基礎は学んだが、どれが際立って得意・好みというほどには至らなかった。
 鉄刀での捕縛術にしても、基本は体術だ。刀剣も他の武器も、私の場合は拳…肉体の延長という認識でしかない。殊に、「斬る」ことに関する私の造詣は、もっと下のナンバーの剣士と比べてもお粗末なものだろう。
「そっか」
 何に納得したのか、リオンは深くうなずいた。
「やっぱり教わらないとだめなもんですかね?」
 彼は神妙な顔でそう聞いてきた。
「喧嘩の仕方をか? 効率を考えれば我流よりいいだろうが…いいんじゃないか? お前は目が良いみたいだから」
「目?」
「師についても結局やることは見て真似るだけだからな。一見ですぐ写せるならわざわざ教わるのも無駄な時間だ。時間をかけて修得した者を見て盗めばいい。その後は自分次第だ」

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