香港国際学園 31
山の中腹あたり、勇牙が息を切らしながら
「むぅ、包囲されかけてるな…」
と誰に言うでもなく、呟いた。
「そうっすねえ。どうしますかねえ?」
と返したのは、何時か居たような気がする市川定春だった。
「第一、戦いの目的は何なんすかねぇ?逃げることですか?敵を壊滅することかなぁ?」勇牙は
「生徒会に俺たちの要求を飲ませることだ」
と即答した。
定春は
「要求、飲みますかね?」
と再び問うと
「だから、力づくで飲ませるんだ」ああなるほど、という定春の声を聞きながら、勇牙は額の汗を拭った。
そして、巧馬と凛に向かって口を開く。
「この包囲を耐え抜いて、間野甲良が出て来たときがチャンスだ・・・ヤツを抑えれば目的が達成できる」
「抑えれば・・・ですね」
飄々とした表情で巧馬が言葉をかえす。
「それを言うな・・・元々勝算はないんだ」
苦笑しながら返す勇牙。だがその顔に悲壮感はなかった。
「第1、第2、第3部隊、山頂に到達」
「第6部隊及び強襲偵察部隊(総務委員)、右翼展開完了」
「第7部隊及び戦闘工兵部隊(美化委員)、左翼展開完了」
「第8、第9部隊、準備完了しています」
「第4、第5部隊、後退して体勢立て直しました」
その頃、甲良の的確な指揮で展開した部隊が包囲網を完成させていた。
各部隊からの報告を聞いて甲良は深く頷く。彼は優秀な指揮官でもあった。
「もうすぐ完全に包囲ができるな」「そうだねぇ」
「円城寺はどうしてるかな」
「そうだねぇ」
「おいこら、答えになっとらんぞ」「そうだねぇ」
「各部隊配置に着きました!」
甲良と冬真の馬鹿げた会話は続ける気がなかったのか、あるいは仕方なく終わったのか、唐突に終わりを迎えた。甲良は、分かった、とか、了解、とかいう返事を一切せずに次の指示を出した。
ほとんど周りを囲まれて、身動きがとれなくなった御堂達。しかし一人やたら落ち着いてる奴がいた。巧馬だった。
「勝算がない?勇さんにしては弱気な発言だね」
手頃な岩に座り、全く緊張感の感じられない声だと勇牙は思った。肝が座っているのか、状況が把握できていないのかは分からなかった。
「勝算が、ある、というのか?」
「無いわけでは無い、という意味だよ」
お互い相手を見ようともせず、言った。
「なぜ?」
「僕らが反校勢力だからだよ、勇さん。そして彼らは校内組織だからだよ」
勇牙は少し理解に時間がかかったがまあ、理解できた。つまり彼らにはルールがあるが、自分達は何をしてもいいと言うことだ、と勇牙は理解した。
だがその巧馬の考えは、もう一人同じ事を考えてる人物がいたのだ。
「甲くん・・・向こうはルール無用だから楽しそうだね」
まるで他人事のように笑いながら言う冬真・・・甲良はその言葉にはっと気付いたのだ。
「冬真っ!・・・お前が出てくれっ!・・・ヤツラにその手を使われたら損害が膨大になるっ!」
すこしの事で気付くのは、甲良の指揮官としての優秀さであった。
「うん、土人形で向こうの体力の消耗させるんだね・・・」
その甲良の意図を正確に把握した冬真も只者ではない。
「円城寺も学園屈指の使い手だが、アイツに何かあったら会長に借りを作るしな・・・援護してやってくれ」
「えーっ、分かったけど・・・僕なら幾らでも借りを作ってもかまわない訳ね・・・」
そんな文句を言いながらも、冬真は飄々とした感じで持ち場について言ったのだ。