栞の手記 3
「あの……、まだ……。」
席についてから、メニューを眺めるだけで、何も決まっていなかった栞は、慌ててそう答えた。
「それでは、お決まり次第、お申し付けくださいね。」
店員はそう言って、どこかへ戻っていった。
栞はメニューに意識を戻すと同時に、ふと、向かいの誰もいない空席の先にある時計を見た。待ち合わせの時間からはもう40分は過ぎていたのだった。
珈琲の焦げた香り、かちゃかちゃという食器の音、観葉植物の緑。何も変わらない、この喫茶店のいつもの光景。
何となく、早くここから出ていきたい気持ちになった栞は、そそくさとアイスコーヒーを注文し、それが運ばれてくるのをおしぼりを折り紙みたいに遊びながら待っていた。
「こちら、アイスコーヒーです。」
店員がコースターの上に、アイスコーヒーを置いた。
栞はそれを一口飲むと、ふとメールボックスを確認した。返信は特になかった。
アイスコーヒーのグラスの表面についた小さな水滴が、少しずつ集まっては落ちていく。濡れたグラスをさらに引き寄せて、味わずに飲んでいく。冷たい味が、歩いて火照った栞の体を冷やしていった。