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栞の手記
官能リレー小説 - SM

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栞の手記 2

待ち合わせ場所は、T駅の近くの古びた喫茶店だった。
デパートが立ち並ぶ大通りを抜けて、
裏路地にその喫茶店はあった。
喫茶店の茶色の扉を想い出すと、すぐに行けるような気がした。

何度も迷いながら、その喫茶店で、あの人と待ち合わせした。
いけないことだと分かっていたけれど、
こんなこと止めたいと思っていたけれど、
でもあの人からメッセージがあるとあの喫茶店に行ってしまった。

でも、今日は違う。

「ごめんなさい。やはり今日は会えません。」

そうやっと言えたのだ。
私の本名も住所も知らないのだから、
もうあの人の力を駆使したって、私を探すことなんてできない。
喫茶店を見て、すぐに帰ればいいんだ。
それから、ずっとメールを無視し続ければ、
あの人だって諦めてしまうに違いない。
そうすれば、私は自由になる。こんな気持ちに苦しまなくなる。

もうどうせ待ち合わせ時間は過ぎているし、
いつもとは違う道を通れば、T駅に向かうあの人には会わない。
そして、喫茶店を見て、あの人が居なさそうだったら、
珈琲を飲んで、さっさと帰ればいいんだ。

そう、
私は「あんなこと」をリアルと思っちゃいけない。
そう、家に帰って、いつもの普段の生活、
いつも通りに生きるのがそれがリアルなんだ。

さっきのダックスフンドのおしっこが
解像度が高く見えたのだって、単なる気の迷い。

なんでドキドキしていたんだろう。
頭がおかしかったのかもしれない。

そう考えると、すごく頭が覚めて、
スッキリした気分になってきた。

栞は、いつもとは違う明るい道を歩いて、その喫茶店に向かってみた。

コンクリートによる太陽の照り返しと排気ガスの臭いを受けながら、車通りの多い道を歩いていた。こんなに、晴れているというのに、夕方からは雨が降るという予報だった。

街路樹の木漏れ日の揺らめきを踏みながら、歩く。そして、茶色の扉が静かに栞を待っていた。

喫茶店の扉の傍の傘立てには、あの人の気配はしない。

錆びた金色のドアノブにゆっくりと手をかけ、少しだけ扉を開けてみる。

息を殺して片目の方だけで店の中を覗き見ると、店の中にはあの人は居らず、3人組の客が1組、賑やかに話しているだけであった。

ほっとした栞はドアノブにかけていた手に力を入れ、喫茶店の中に入った。カラン、と扉のベルの音がすると、店員がやってきて、「お一人様ですか?」尋ねた。

「はい。1名です。」と栞は答えた。
そして、栞はいつものようにいつもの席に座った。
それは上座の茶色のソファーだった。

そのソファーに座った途端、
「あの」感触、居心地の悪い感触を想い出した。

あの人はいつも私を上座のソファーに座らせる。
どうしてか上座のソファーに座らせる。
あの人は古びた茶色の木椅子に座っている。
固い木椅子に座っている。
いつも思う。
どうして私がこの席なんだろう。
どうしてあの人は固い心地の席に座るんだろう。
あの人はいつもそうする。
「ここ」ではいつもそうする。
でも、
「あそこ」では違う。
「あそこ」では…

すると途端、
誰も座っていない向かいの固い茶椅子に目をやった瞬間、
栞の足が強張った。

右の太腿と左の太腿が
まるで接着剤で止められたようにくっ付き、
足の五本の指が痺れたように感じた。
そして、太腿から足の付け根のあたりに、
何か電流のような感じが走って、そして、
根元が熱く火照ってきた。

「あの」光景、「あの」音が、「あの」感じが、
それがリアルの解像度で、まざまざと、見えた。

熱くなった。
怖いのに、欲していた。
リアルだった。何でもないリアルだった。

どうして、あの人は…
どうして、あの人は…
どうして、裕様は…

「ご注文は何にしますか?」

はっとした。

見えるのは、先ほどの店員で、
聞こえるのは、3人の男の話声。

そして、栞は何も感じていなかった。

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