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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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第5章  プロヴァンスへ-5

 私はヴァランソルのホテルにいる間に、プロヴァンスの市街で静かに暮らせる小さなコテージかアパルトマンを買いたいから、と、ホテルの支配人に探してくれるように頼みました。そこを拠点にして、何年かけても必ずミニョンを見付けると心に誓ったのでした。
 思ったより早く、ルパンタンス(Repentance)という地区に空いているプチ・メゾンがあるということでした。親切にもホテルの支配人が車を用意して付いてきてくれ、その日に契約しました。律子が、自分に託されたカード口座を見て、フランスで大きな買い物をした私を心配し、驚く様子が頭をかすめて胸が痛みました。
 小高い丘の緑に囲まれたプチ・メゾンは家具付きでしたか。必要最低限の物だけを揃え、とにかく心ゆくまで眠りました。夕方に眠り、起きたときも夕暮れの日が差し込んでいました。まだ、ミネラルウォーターは鉛で、フランスパンは柔らかい石のようでしたが、不思議に気持ちが軽やかになっておりました。直ぐに私の住まいが決まったことをマルゴにメールすると、それを待っていたかのように、まだ、ミニョンのことは何も分からないが。力を落とさずにがんばれ、と返事がありました。
 ミニョンと繋がっている……その思いは日増しに強くなっていきました。

 翌日からタクシーを雇い、プロヴァンスの地図を片手に修道院巡りを始めました。チェックが地図の上を赤く染めていくのは、ミニョンのために私が何かをしている、という実感を示してくれるものでした。タクシーの運転手は、観光地巡りをするわけでもなく、レストランに入るわけでもなく、一日中修道院ばかりを巡って、いきいきと動いている私を不思議そうに見て、時々首を振るのでした。
 修道院など私に分かるはずもなく、<プロヴァンスの三姉妹>といわれているらしい<ル・トロネ、シルヴァカール、セナンク>を皮切りに、ネットは勿論、地図、観光案内所、通りすがりの人、道行く尼僧、運転手……すべての人々が頼りでした。
 ミニョンは、このエクス=アン=プロヴァンスの街に確かに居る。そういう予感がありながら、そう簡単に奇跡が起こるはずもなく、山間部に女子修道院があると教えられるとタクシーを飛ばし、ネットで調べて思い立つと、アルル、アヴィニョン、マノスク、サロン・ド・プロヴァンス……海に向かってマルセイユ、シオタ、トゥーロン……と、修道院が多く集まる南仏の街々にも足を伸ばしました。マルセイユには特に多くの修道院や教会があり、ルパンタンスの家からも比較的近かったので、二度三度と訪れました。来る日も来る日も、タクシー、バス、電車、そして歩くこと。それは、味は感じなくとも食欲を覚えさせ、私を健康にしてくれました。
 マノスクを訪ねたときは、ヴァランソルまで寄ってミニョンの面影を持つマルゴに逢いたいと強い誘惑にかられましたが、あきらめました。
 そんな思いがどこかで通じるのでしょうか。朝早く、マルゴが私のメゾンを訪ねてくれました。私は、涙を堪えきれずに彼女を抱きしめました。マルゴは、案外私がいきいきとしている様子を見てとても喜んでくれましたが、姉からの音沙汰ががないことを謝るのでした。私はもう、ミニョンをそこに感じている、と言うと、目頭を押さえ、
「姉は幸せね、あなたのような人にそこまで愛されて。姉が日本へ発ったとき、私はまだ12才だったから、えッ、あなと私同じ年……? なんだか姉妹みたいね……それでね、ただ綺麗なお姉ちゃんに甘えるだけで、姉のことは何も知らなかったの。ただ、父や母が、家を出て行けだの、もうここには返ってくるな、と怒っていたのが不思議だったわ。私は結婚して子供もできたけど、若い頃にあなたのような女性に愛されたら、私だってどうなっていたか……。両親、とりわけ父が、どうしてあんなに姉を憎むのかが分からなかった……」
「お昼、ご一緒しません? 私、今、味を感じないんだけど、食欲だけはあるのよ。多分おいしいと思う」
「味を感じない……ですって……?」
 私は、ほんの少しばかりミニョンとの別れのショックを話す羽目になり、マルゴをまた泣かせてしまいました。
 マルゴは、母親になったせいか、ミニョンより少しふっくらして、明るい農家のお母さん、といった感じでしたが、声だけ聞いているとミニョンを彷彿とさせましたから、<もう少し居てちょうだい>と、マルゴの都合も聞かず随分長い間話し込む一日になりました。それからは、時折私の都合を聞いてから、市街での買い物にかこつけて子供連れで寄り道してくれたり、買い物に付き合ってくれることもありました。ミニョンを近くに感じながら生きている私は、日本にいて悩んでいる時よりはるかに幸せに充ちておりましたが、マルゴとのおしゃべりはそれを実感させてくれる時間でした。

 プロヴァンスも冬を迎える季節になりました。ミラボー通りが電飾に覆われ、ノエルの華やかな飾り付けがされるようになると、ミニョンが店員になって働いているのではないかと、観光客のような顔で店々を覗いたりもしました。この南仏の地が、私にとって幸福の土地であることに疑いを持ちませんでしたから、一日も早く逢いたい思いはあっても、もうすでに、ミニョンと一緒に同じ南仏の空気を吸っている、といった感覚に喜びを感じるまでなっておりました。
 私は、マルゴの言った<修道院>に拘っていた自分の世間知らずを思い直し、かなり前から、日を決めてエクス=アン=プロヴァンスの教区の教会も回っておりました。タクシーを乗り降りしているより、市街では歩いた方が、ひょっとして行き交う人の群の間でミニョンすれ違うのではないか、買い物に外出してカフェで休んでいることがあるかも知れない、と思ったりして。


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