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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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第4章 展開-3

 級友たちは私の変身に驚きながらも褒めてくれました。とりわけミクは、私の変わりように驚くと同時に、あの屋敷から出た私を素直に喜んでくれました。
 私から以前のような引っ込み思案は消え、まるで浮気なパリジェンヌのようにミニョン譲りのコケティッシュな態度も自然にとれるようになっていました。級友たちの中には、明らかに私をフランス人のハーフだと疑わない子もおりましたが、私はそう思うなら思わせておけばいいと、否定も肯定もしませんでした。
 級友たちが私の部屋に集うようになりました。私の無口は今更どうなるものでもありません。でも、それが私の神秘性を効果的に見せていることは、もう、分かっておりました。ですから、級友たちの質問に控えめに応えているだけで良かったのです。難しそうな議論も、しゃべり過ぎるより一言の的確な単語で答える方が、彼女たちにとっては満足なのでした。
 誰かがこんなジョークを言った時です。<患者がね、夜全然眠れないんです、と医者に言ったの。すると医者は、そうですな、とびきり美人のメイドを雇って15分ごとにキスしたらいいでしょう。え? そんなことで眠れるようになるんですか? 医者は言ったの。いえ、眠れません。でも起きているのが楽しくなりますよ、だって>
 みんな笑ったわ。だから私は静かに言うんです。<ピアス風に言えば、Il ne s'arrive plus attendre(望むことはそれ以上起こらない)。
 またある時、ギュスターヴ・フローベールの<ボヴァリー夫人>の授業の話になって、夫人の不倫や借金のことをいろいろと批評する彼女たちに、私が、<何かの依存症になるのは、結局彼女は la joie de la sensualité qui veut mourirを知らないからよ>と言うと、彼女たちの何人かが潤んだ目で私を見て、<死ぬほどの官能って……>と聞くので、<Je ne le sais pas(わたしも知らないけど)>って答えてやります。<ウソ、翔子は絶対知ってるわ。だからそんなに綺麗なのよ>
 確かに私は、死ぬほどの官能の喜びを知って……いたわ、と、胸の奥を吹き抜ける風を感じながら、彼女たちの私に対する憧れを刺激することに冷ややかな喜びを感じる、というような嫌な女になっておりました。
 たまたまミクが同席しているときは、かいがいしくお茶やケーキのお給仕をすると、ごく自然に私の側に座り、肩に頭をもたれさせたりして私と特別の関係にあるように振る舞うのでした。彼女たちも、たびたび講義の時間に表れる違う学部のミクが、私と特別な関係にあることは感づいておりましたから、そうしたミクの態度をあまり快くは思わない私の思いに反して、彼女たちに女性同士の隠微な世界を生々しく想起させるらしいのです。そして、私ならそれに応えてくれるのではないかと思わせるような期待の眼差しが私に集まるのでした。ミクは、そんな彼女たちの視線を謎めいた微笑みを含んで喜んでいる風でした。
 私には、男女間の恋人の心理は分かりません。もし私が男性で、その回りにいる女性の何人かが私に抱かれたいと思う気持ちを隠さなかったとしたら、私の恋人はどういう心理状態になるでしょう。女性たちに対して腹を立てて席を蹴ってしまうか、女性を惑わす恋人に愛想をつかすかどちらかだと思うのです。ミニョンを男性に置き換えて同じ事を想像すると、私なら死ぬほど苦しむでしょう。いつだったか……ミニョンが私にシンパを作るようにサジェスチョンしてくれたとき、私のアソコを鷲づかみにして、<ココを使っちゃいやよ>と真剣に見つめたミニョンの目。多分、それが本当に愛し合う者同士の心理なんだろうな……そんなことをぼんやりと考えているのでした。
 結局彼女たちは、ひとときの<レズごっこ>を経験したいのではないか、と思いました。これが男女の間であれば、一線を飛び越えるには迷いが生じるでしょう。でも、女性同士ならその一線に抵抗感が少ない分、性的興味を<ごっご>としての気軽さで味わってみたいと考える子がいても不思議ではありません。
 私のように、生まれながらに同姓しか愛せない人間ではなく、ミクも確かにそうかも知れませんが、性に対する貪欲な欲望は、あの子供の頃のように純粋にお互いを求め合っているわけではなく、波長さえ合えば、男性とでも満足したい欲情の濃さがあるように疑われるのです。
 私は、子供の頃のミクしか知らないことにあらためて気が付きました。ミクの色付いた襞、私の無反応にも気付かない欲情の濃さ、それらが頭を過ぎったとき、ひょっとしたら、ここに集まっている彼女たちのなかに、ミクと<ゴッコ>をしている子が居そうな気がしてきたのです。殊更に自分を私の身体にすり寄せて、その子を甘い目つきで誘っているような気配が感じられたのです。だからといって私は、ミクに嫉妬したわけではないのです。そのようなミクの、素直に意思表示できる性格を羨ましいと思っていたのです。それはやがて、私の思い過ごしではなかったことを知ることになったのです。私に縋ってきた子が、ミクと私の仲を裂こうとしたわけではないでしょうが、級友たちの何人もがミクとの関係を楽しんでいると告げ口したのです。
 私は、ミクが私の無反応の体に気付いていたのだと思いました。愛し合うのは、お互いの反応を確かめ合うことでより深い喜びが得られることは誰よりも分かっていたつもりでした。幼い頃の、あのようなふざけ合いに似た行為でさえ、二人は同じ歓喜を味わっていると信じて幸せだったのですから。ミクはきっと、私に一方的に攻められて歓喜の声を上げながら、私にも同じ乱れ方をして欲しかったのではないか、と気が付き、ミクに謝りたい気持ちでした。


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