封印-2
彼女たちの後ろ姿を見送ると、ヤマトの人懐っこい笑顔は一瞬だけ氷のように冷たくなる。
誰も気付いていないと思うけれど、ヤマトはこういう風に取り巻きの女の子に囲まれた後、いつもこんな表情をする。
『……くだらんわ。オマエらみんなアホちゃうか?』
私にはそう言っているように見える。
『イイヒト』の仮面をかぶった悪魔のような男。
だから私はこの人気者のクラスメイトが、転校してきた時からずっと苦手だった。
「……ここで何やってんのよ……」
私は怒りに震えながらヤマトを睨みつけた。
「そんな怖い顔せんでもええやん………俺も今日から文芸部に入れてもらおう思て、部長のオマエを待ってたんやんかぁ」
やんかぁ……って。
転校して来て半年たってもヤマトの耳障りな関西弁はまったく変わらない。
自信家で自分が大好きなこの男がそれを変える気なんかサラサラないのだろうけど。
いやそれよりも―――
今何て言った?
「―――文芸部に?あんたが?あんた陸上部でしょ?」
教室でもほとんどコイツと言葉を交わしたことがない私を、わざわざおちょくりに来たのか。
何の冗談かは知らないが、私はとにかく、この『苦手な男』とあまりかかわりたくないと思っている。
「いや。あのーほら、文芸部ってどんなことやってんのかなぁ……とか思ってな」
「……なにそれ。暇つぶしならよそでやってよ。だいたいあの子たち何なの?」
「ああ、あれ?通りすがりのただの後輩。関係あらへん」
さっきの愛想のよさが嘘みたいな冷たい言い方。ホント二重人格。最悪。
鼻が痛くなりそうなほどの香水の匂いを追い出そうと私は部室にある唯一の小窓を開け放った。
グラウンドには意外と気持ちのいい風が吹き渡っている。
「それにな……暇つぶしなんかとちゃうんやで」
風に誘われるようにヤマトも窓際に近づいてきた。私たちは並んで窓の外を眺めた。
窓枠に置いた私の手から、ほんの数センチ横にあるヤマトの大きな手。
ちょっと距離が近すぎる。
なんだか息が苦しい。
少しくせのあるヤマトの黒髪が風で小刻みに揺れている。
「……じ……じゃあ何?」
私は何をドキドキしてるんだろう。心臓がうるさい。
「……あのなぁ……」
こっち見ないでよ。なんだか顔が異常に熱い。
「これはつまり……生徒会長の仕事の一環や!」
「………は?」
『どーだ』といわんばかりのヤマトの態度。
なんだ……思わせぶりな言い方したわりにつまんない理由。
転校してきてわずか半年しかたっていないのに、ヤマトはこの春生徒会長に選ばれた。
転校生というだけで十分目立つのに、顔がそこそこキレイでスポーツ万能。
成績のことはよく知らないけど私と同じ特進クラスに編入されたということはそれなりなのだろう。
そして転校して早々に開催されたの秋の学園祭のステージで、彼は鮮烈な全校デビューを飾った。
恒例の三年生のクラス対抗演劇のあと、審査時間を利用して行われる飛び入り参加のコーナー。
毎年パッとしない1時間あまりのそのコーナーにヤマトは突然登場した。
彼がステージにひょいと飛び乗った瞬間、急に太陽がさしたようにその場所がパッと明るくなったように見えた。
「ども。転校生のヤマトですぅ」
スピーカーから流れてきた聞き慣れない関西弁に、退屈そうにザワついていた生徒たちが一斉にステージを見た。