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さよならの向こう側
【悲恋 恋愛小説】

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第三章 団子と朝顔-3

部屋の入口の襖に寄りかかりながら、加奈は黙って俺を見ていた。
「加奈」
「ん〜?」
「お前、ばぁちゃんがお前のことを茂子さんと間違えてても嫌じゃねぇの?」
「嫌じゃないよ、全然。間違えてるって言っても若い時の茂子さんだしね。それに、その時はおばあちゃんも若い頃に戻っちゃってるんだよね」
「…はい?」
「なんかね、自分も十八歳くらいのつもりでいるみたい。認知症って不思議だよね〜。そんなおばあちゃんかわいいよ」
ばぁちゃんとのやり取りを思い出したのかクスクス笑う加奈を、自分の妹ながら本気ですげぇと思った。
俺は、変わっちまったばぁちゃんの姿にショックとしか思えなかったのに…。
和泉さんが言った『本当のばぁちゃん』って、こういうことなんだろうか?

「…俺、明日もう一度ばぁちゃんに会ってくるわ」
「は〜い。行ってら〜!」
やる気なさそうに手を振る加奈は、けれどもすごく嬉しそうに笑った。


「1,080円になります」
…うげ、今月も金欠決定。
千円札を一枚と、残りの80円を十円玉と五円玉と一円玉の集合体でなんとか支払おうとあがく俺。
レジ打ちのアルバイトらしきにぃちゃんが、ちょっとイラっとしながらこっちを見てるが知ったことか。
財布の中には、あとは頼みの綱の五百円玉一枚っきゃねぇんだよ。
俺ひとり真夏の午後にチャリンコで、ばぁちゃんがいる隣町の老人ホームへ向かうこととなった加奈とのやり取りを思い返しながら、残りは硬貨一枚しかない財布の中身を凝視する。
…本当は、灼熱地獄の中を生き抜く為のアクエ○アス一本のみ購入予定…だったんだけど、いつもだったら甘党じゃない俺の目には留まらないはずのどら焼きやら抹茶プリンやら、ばぁちゃんが食べるかなぁとか思って見ていたら、つい買っちまった。
あと…あんこがついた団子も。
元気だった頃のばぁちゃんが作ってくれた、あの出来たてホカホカの団子には遠く及ばないけれど、これを一緒に食べたらばぁちゃんは、何かを思い出してくれるだろうか?

「ありがとうございましたぁ」
レジ打ちにぃちゃんのかったるそうな声を背中に聞きながら、俺は砂漠のオアシス…じゃない、真夏のコンビニから出て再びチャリンコに跨った。
もちろん、目指すはばぁちゃんのいる『虹の橋』だ。
加奈に言われたから行くんじゃない。
もちろん、和泉さんの言葉に従ったわけでもない。
俺自身が、会いたいんだ。
もう一度、ばぁちゃんに。
たとえ、この先も俺のことを忘れてしまったままだとしても、何も思い出してはくれないとしても、ばぁちゃんはばぁちゃんだから。
たったひとりの、大切な。

この先に流れる川を越えたら隣町。
道のりはあと半分だ。
よし、頑張れ俺!
待ってろよ、ばぁちゃん!


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