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蒼い殺意
【純文学 その他小説】

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ブルーシリーズ:第六弾 蒼い恋慕 〜ブルー・れいでぃ〜-7

 バンドが交代している。身を乗り出さんばかりだった女も、ストローを口に運んでいる。バンドのボーカルがマイクスタンドを蹴っ
ては、がなりたてている。素っ頓狂な声を張り上げている。

 シャウト!と、何度も叫んでいる。ホールで踊りに興じる若者も、
シャウト!と叫んでいる。ボーカルに合わせるように、拳を振り上げている。

 少年が立ち上がったー逡巡は続いている。帰られるのだ、このまま何事もない顔をして帰られるのだ。しかし少年の足は、あの女の元に動いた。手足のない達磨の少しの歩みではあっても、確実に少年の歩は進んだ。亀のようにのろい歩みではあっても、確かに女の元へ。

 少年には永遠の時間のように感じた、その道のり。話に興じるアベックたちの間延びした声が、少年の耳に届く。バンドの音楽も回転数を間違えたレコード音の如くに、間延びして聞こえる。少年が立ち上がって、ものの五六秒。三つのテーブル先に陣取っていたあの女が、今まさに目と鼻の距離にいる。そして階段も。

 「あのお・・」
 少年は、自分でも信じられない程に容易く女に声をかけた。つま
りつまりながらも、少年が女に話しかけた。訝しげに見上げる女に対し、精一杯の真心を込めて話した。付き添いの女の雑音にはまるで耳を貸さず、ひたすら女に向けて発信した。少年の熱い目線を避けて、俯くだけの女に対して。

 外はもう、どしゃぶりになっていた。少年は悲しかった。肩を叩く雨が、一層少年の心を重くしていた。そしてその雨と共に頬をつたう涙も、止まることを知らなかった。
 「ごめんなさい・・」と、消え入るような声が。そしてそれが少年の耳に届いた時、二人の黒服によって外へと連れ出された。

 少年の心に、後悔する気持ちが生まれていないことが救いだった。
といって、責める気持ちもない。心情を伝えられなかったことが、
残念だった。ただただ、残念だった。・・残念だった。

 “どうして分かってくれない!”
 “どうして・・なぜ・・どうして・・なぜ・・”と、突然に腹立たしさが込み上げてきた。

 “なにを、伝えたかった?”
 “誤解されたって?なにを?”
 “頷いてくれれば、良かった?”
 “話を、したかっただけなのに・・”

 雨の中で、ひとり泣き笑う少年。今夜のために、この十日の間に準備したこと。物理的なことではなく、シュミレートしたすべてがなんと虚しいことか。周到に組み立てたことが、ともすればうずくまってしまう弱い心を奮い立たせたことが、すくんでしまった足に命じた脳からの指令が、それら全てが。今、もろくも崩れ去っていく。

 同世代から‘ニヒリスト’と揶揄されても、苦笑いを返しつづけた少年。同世代の笑いの渦に溶け込めない少年。パシリにすらされない拒絶、パシリにすら見られない虚しさ。

 十年後、二十年後、同窓会において透明人間化する恐れ。同世代との繋がりを求める少年、その術を持たない。雲ひとつない真っ青な空を絵画にしようとする折の、己の無力さを知った心ー絶望、そして生まれきた虚無。

 救われることのない地獄への道を見た少年。昨日までの毎日、そして明日からの毎日。もがいてみた今日は、明日に繋がることがなかった。得体の知れない魔物に魅入られてしまい、その魔物からの脱出を試みもがいてみた末に、また同じ所に立ち戻ってしまった。

 このまま、この雨になれないだろうか。大水となり川を下り大海へ流れ込みたい、心底考えた少年。天から下る雨、地を分かつ川となり大海へと旅する。そしていつかまた天に上り、雨となって下る。
少年の目が、雨空の上にある太陽を捉えた。そして太陽の上にある何かを睨み付け、そして涙した。


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