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走馬灯
【その他 官能小説】

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走馬灯-4

突然だった。小林は顔を上げた。そこからは、スローモーションだった気がする。右手をハンドルの頭頂部にかけ、左にゆっくりと回していく。手からハンドルは離れ少しずつ左にあった風景が右に寄ってくる。俺はずっと小林とすり寄ってきたガードレールを見つめていた。

音もなく、目の前の風景は鬱蒼と生い茂る森の中を映し出し、木々の枝を折りながら、針葉樹林の細い毛のような葉は、フロントガラスにうちひしがれる雨のしずくを優しく包んだ。

やがて蜘蛛の巣がそこかしこの窓にできた。少しずつ身体が心地よいあたたかさに包まれた。光に包まれ、幸せな気持ちになれた。「次はどこに行けばいいのだろう。」ふと口をついて出た言葉に酔った。もう三流ではない。きっと無意識に上り詰めた。そう思った。





少しだけ痛いのは、かすり傷の場所だった。左足の膝小僧。頭がかゆい。頭をかこうとしたら、右手が無かった。状況が飲み込めない。仕方がないから左手があるか確かめた。左手はある。良かった。本当に良かった。少しずつピントが遠くに合っていき、暗闇の中を光る小林の目が目に映った。

あぁコイツは死ぬんだ…と思った。俺は…俺もか。何故コイツと。死ぬなら一人と決めていた。残った左手は思ったより機敏に動いた。かゆい所まで10秒。大したものだ。本当に10秒かどうかは分からない。きっとそれぐらいだ。

クチャクチャ音が鳴る。消えかかったオーディオに手をかざすと、ごっそり抜けた髪の毛とサスペンスでよく見た血糊。血よりも抜け毛が困る。ブルースウィリスのようにハゲの似合う男になるのであれば、それでもいい。日本人ならば日本人顔でハゲになり、満足しなければならないのは、あまりに辛い。

俺を死においやろうとした2つの目が、こちらをまだ見ている。死んでいるのか、死にゆくのか。その疑問は簡単に片付いた。「変わらなかった。今度はお前なんだ。」話ができない死人は見たことがある。まさしく死人だ。話ができる死人は見たことがない。まだ生きているからだ。

人殺しと罵りたかった。自分殺し!と罵るのはどうかと思ったから、とりあえず人殺しと罵ろうと思ったわけだ。特に生に未練はないが、言いたくなった。声は出なかった。唯一出た声は「いあああ。」だった。

不公平だ。俺と無理心中を図った男の方がまだ話をできるなんて。悔しい、心から思った。「俺はダメだった…あとは頼む。」なんのことだか分からないが、どうやら勝ちらしい。そもそも勝ち負けではないが、生き死にでは後らしいから勝ちだ。目が大きく見開き、身体は痙攣し、間もなく2つの目も小林の人生も静かに閉じられた。

一人か。良かった。一人で死ねる。

多分最後であろう疑問が浮かんだ。何を頼まれたのであろう。プレゼン?無理だ。右手がない。課長代理?無理だ。脱出困難で明日の出勤は厳しい。かおり?無理だ。そこには愛がない。かおりにはお前が必要なんだ!

「起きろ!」「死ぬな!」心の中で叫んだ。すでにうめき声も出ない。喘ぎ声も出ない。ついにオーディオの光も途絶えた。神様はいないのか。神仏は信じないタチの自分が初めて祈る。ただし、エセなのは明白なので諦める。

多分神からの唯一の救いはもう一つ疑問を考える時間を与えてくれたことだ。きっとこれで良かったのだ。人よりも疑問。神はつくづく分からない。

何故、小林は俺を殺そうとしたのか。結果は大成功だ。俺は死ぬ。しかし、小林も、死んだ。目を閉じて考える。すでに暗闇の中、目を閉じているか分からないが、そのつもりで考える。

一瞬頭によぎった気持ちはプレリュード、全ての作為が始まった。


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