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走馬灯
【その他 官能小説】

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走馬灯-1

「あのカーブが最後だから。」相も変わらず酒の臭いがプ〜ンとただよう。苦労して買った愛車アクセラのサイドシートはこんなヤツを乗せるためには決して、ない。明日も早いのに電話があったのは午後11時28分。主は小林。さすがもさすが、同期の出世頭はやることが違う。大した能力もないくせに口がよく回り、上司のウケもいい。堅実で正直者はバカを見る。俺がそのいい例だと思う。

電話越しに声が聞こえる。「課長、もう一件行きましょう。俺、課長とだったら…。」そのまま行けば良かったのに。せいぜいくだらないヤツらに慕われて、おもしろおかしく人生を送ればいい。「わりぃ。俺明日プレゼンあんだよ。田宮、頼むわ。送ってくれや。あともう少ししたらまた連絡するわ。」

職業はタクシーの運転手。自分でもあまりに滑稽で笑える。経費削減が叫ばれて久しいが、企画課フロアもご多分に漏れず、蛍光灯が一つ寂しく苦笑い男を照らしていた。もう一つ俺を照らしているのはパソコンの数列。このデータが明日の仕事につながる。小林の成功につながる。

「田宮もたまには飲み行かねーか?」棒読み。どこにカンペがあるのだか。「いえ、明日の準備がありますので。」「処世術。コミュニケーションも仕事の内だぜ?」つまらなそうに口を尖らせたのは刹那、すぐにあの嫌な顔をする。「課長、俺はついてきますよ。」若手を引き連れ、去り際にいつもの一言が来る。「あまり頑張りすぎんなよ?」

ドアが閉まると静寂に包まれる企画課。明日は戦いだというのに生ぬるい課長だ。誰がこんな日に飲みに行くことができる?コーヒーはブラック。臭いを一向に吸いとらない喫煙所の空気清浄機前でタバコをふかす。これだけが至福の時だ。誰もいなくなった。このまま俺もいなくなってしまおうか。小林がそのビール腹を机にぶつけ、あたふたする姿が目に浮かぶ。たまらなく楽しくなってくる。

ただし、それは想像で終わる。いなくなったら見ることができない。監視カメラとか?ない。伝え聞く?いない。心における相手など。寂しいとは思わない。寂しいヤツとは言われるが。人と触れ合うのが煩わしい。俺はプロとして仕事をしに来ているのだ。馴れ合いは好むところではない。

そろそろ2度目の電話が鳴る気はしていた。だが、はかどっている時に聞きたくはない声。なにやら見透かされているような?監視カメラ?ない。いや、あるのか?命中率はかなり高い。「もっしもーし。頑張っとるか?」上機嫌な小林に虫酸が走る。「あともう少しですね。」極力、声が震えないように。もちろん苛立ちの、である。
「いかんいかん。部下を働かせ過ぎては、俺のコカンに関わる、なんつってー。」前にも聞いた。後ろから「課長、最高!」そこはかとない寒気がする。「そろそろ終わりにして、明日朝早く来てやるといい。なんなら俺も手伝ってやるぞ。もっと頼れ。」…ないから俺がやってるのだ。仕方ない。「どこですか?」無駄な話は無理に聞かない。精神安定上、よくない。

「ソアラだ。ソアラ。かおりには内緒だぞ?」名前は時として胸に突き刺さる。小林の素敵な奥さまは俺の元カノだった。いつだったか好きだった女の名前は、血を沸騰させるのに打ってつけだ。寿退社の前日に、なんと3年ぶりに電話が来たが、何か言いたそうだったような…というのは、どちらかといえばこっちよりの妄想。なんとも都合の良い幻想だろう。

パソコンと一緒に思い出の一切をシャットダウン。あの場所にいたかおりのいたずら顔はもう見えない。とりあえず座っていた椅子を指でこづいて企画課をあとにした。守衛のじいさんと話すと少し落ち着く。聞けば寝たきりの奥さまが寝静まってからの出勤らしい。長年苦労したじいさんよりも年収が多い俺。それよりも…小林の…か。


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