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走馬灯
【その他 官能小説】

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走馬灯-3

踏み込まないし、踏み込ませない。それが生きる上で楽だと思う。知らぬが仏。旅先で出会う人とは常に今生の別れ。あらも見えなければ底も見えない。上下もない。横にもつながらない。楽だ。旅先の風呂にはそんなドラマチックな演出がある。

その演出へのパスポートがバスタオルだ。いとこの結婚式でもらった引き出物。今時カタログで渡さない、幸せそうな2人に何故か親近感がわいた。引き出物にさえワンクッション置かれるのは気に入らない。自分の良かれを貫き通すことは想いの現れと感じる。荷物になるからと最初からの気遣いには誠意が感じられない。

そのお気に入りのバスタオルは小林の頭を滑り、スーツに糸クズを残し、最後にぬめった口を拭くのを手伝った。命日だ。いたちの最後っ屁は、クリーニング屋できれいさっぱり。同時に愛人のファンデーションがうすく残るワイシャツも…か。

かおりは今でこそ立派な奥さまだが、昔はがさつで男っぽい部分があった。今となっては毎昼は愛妻弁当、毎朝スーツにシワひとつない。とても献身的に小林を支えるかおりを哀れに思う。以前ならば気付かなかったことも、さすがに気付くようになっているのだろう。世の中は知らぬが仏、だ。

人は合わせて変わりゆく。成長・順応とも言うのか。世間とのズレが一向に埋まらないまま生きるのも一興。かと言って世間を変える、と野心をもつこともない。あるのは自分だけの平穏と、外敵との遮断を願うばかりに芽生える殺意だ。

「なぁ、一人で片意地張って疲れないか?」なんと答えれば正解だろう。分からない。「仕事が遅いんで時間で稼ぐしかないんですよ。」もう話は終わりにしたいがため、車を走らせ始める。最後のカーブまであと少し。

小林は完全に目が覚めてしまったようだ。これではまた“寄ってけ作戦が始まる。”玄関先でかおりと三角形を描いての敗走戦が始まる。元カノと知っているはずだろう。何がしたいのか意図が分からない。

聞き慣れない振動音にサディスティックな破裂音、ありがちなベッドのきしむ音に聞き慣れた喘ぎ声。小林家の残酷かつ妖艶な宴に2度招待されても仕方がない。そういう趣味に生まれていれば人生を楽しめていたかもしれない。それは中ぐらいの最悪だ。恐らく誇示だろうが、一回でごちそうさま、だ。

「今何を考えてるんだ?」少し焦った。「私の元カノであると同時にあなたの奥さまのこと、また、その女性とあなたのラブシーンです。」と言えないし、言わない。何も焦ることはない。茶の間でマスターベーション中に、親が帰ってきてすぐにビデオを抜き出し、部屋に隠す中学生の方がよっぽど危機だ。

「明日のプレゼンです。」「うそつけ。」「どのように課長に落としてもらおうかと…。」車内は重い沈黙。普段一人であれば、ファンクを流しながら陶酔できるアクセラの車内。一応は上司を乗せている。気を利かして、お気に入りを結果的には聞かせない。自分だけの秘密の皮肉だ。

音がない意味だけでなく空気も、今日は違った。ピンとはりつめた空間が耳鳴りを誘った。オーディオの光が、小林の顔を青く照らし出した。泣いている…のか。ワイパーの音がもの悲しく響く。明らかに泣いている。この男は笑い上戸ではなかったのか。今日は、かなり面倒臭いことになりそうだ。

「もう一回だ。」何が?「もう一回聞く。」何を?「疲れないか?」何に?「一人でいいのか?」何故?!

「お前に何が分かる?!」



いつの間にか言い放っていた。上司相手、普段であれば聞き流し、取り繕うことで返していた言葉に何かを感じた。悔しさ?寂しさ?それとも心の叫び?深層心理から汲み来る痛み?表層のしつこさからくる怒り?分かるのは、これから。


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