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走馬灯
【その他 官能小説】

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走馬灯-13

「すごい剣幕。ちょっと怖いよ?」かおりの声がした。さっき例の冷たい先輩に、『C班の祝勝会に行くから、一緒に行かない?小林も俺も喜ぶぞー?』とパーナン風に軽く誘われていたはず。事実、先輩はナンパして付き合っている相手がいるので、その言い方は堂に入っている。

先輩は語る。『ナンパとは終わりかけの歯磨き粉のチューブである。明らかに痩せ細ったチューブをあまり期待せずに絞ったら、実は一回歯磨き出来る分残っていたら嬉しいだろう?』あまりにも言葉足らずだったが大体何を言いたいのか分かった。

初めから大きな期待はしていない。でも少しだけでも出てくれないかと期待する。押し出してみたら、意外と使えることに驚嘆・感動するということだ。出るか出ないかの刹那、粉の白さはさぞかし魅力的に映ることだろう。

「つまりはその一瞬一瞬で信頼されるぐらいの全魅力を捻り出した総攻撃をかけるということですね?」タバコをふかしながら、事も無げに答えるのが田宮だった。「お、おう。つまりはそういうこと。」大当たりか、そこまで考えていなかったか、今でもよく分からない。先輩は、そそくさとタバコを消して喫煙所をあとにした。

突っ込み所はあった。まず一番は新品の歯磨き粉を購入するか、そのようになればいい。人の歯を磨くより、新しいパッケージ、手垢のついてない清潔さ、自分磨きが先決だろう。これ以上、深追いして気味悪がられるのも精神安定上、よろしくないと思った。

「ねぇ、ちょっと聞いてんの?」目の前、向かいの机の方から声がする。気のせいではなかった。モニターの右側から顔を出してみる。かおりだ。椅子にもたれかかり、不服そうに腕組みをしていたが、その内、ニヤニヤした悪ガキのいたずら顔をグイッとつき出してきた。先輩に誘われて行かなかったのか。

「Cの祝勝会は?行かないのか?」何故か声がかすれてしまった。「え?うん…。」言葉につまり、沈黙は5秒を経過した。やがて思い立ったようにかおりは「サボっちゃった☆」茶目っ気たっぷりに言いのけた。☆がつきそうな、なんとも楽しそうな話しっぷりだ。

「ナンパ先輩に誘われただろ?いいのか?」思わず皮肉が出てしまったが、こんな時間だ、別にいいだろう。そして、この会社においては、裏のないかおりのことを誰よりも信頼していたから。愛情には行き着かないまでも、何かが始まっていて何かを感じていたから。

「アッハハハ!ナンパ先輩!言っちゃおーかなー。」言わないと分かっていながら「…。」少し睨み付ける。急いでモニターの陰に隠れるかおり。ちょっと、楽しかった。

「あのさぁ。私たちは負けてないよ、絶対に。だから…。」だから?「2人で祝勝会しようと思ったの。」祝勝会?「だってさ、だって、絶対に、勝ってたもん。」

…?

モニターが邪魔でかおりが見えない。だがどういう表情でいるかは想像がついた。喜怒哀楽のどれかはすぐに分かった。

「ねぇ、悔しいよ、あんなに2人で頑張ったのにさぁ…。」すすり泣き始めた。女の涙ほど苦手なものはなかった。慰めるのも励ますのもどちらかと言えば嫌いだった。でも、かおりは特別だった。

「出るぞ。」立ち上がったから、ようやくかおりが見えた。ずぶ濡れの子猫のようなかおりを放っておけない。「今から祝勝会。」カバンを肩にかけ、車の鍵を指でクルクル回してみせた。それを涙とマスカラで無惨になっていた目で追っていたかおり。「うん!」ようやく元気が出た。余計な慰めや励ましの言葉を吐く必要がなかったこともそうなのだが、なんだか他の意味でもホッとした。


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