冷たい指・女教師小泉怜香 B-2
「サンキュー」
亮は私の手からカップを受け取ると、彼の定位置である窓際の丸椅子にストンと腰を下ろして焼きそばパンをかじり始めた。
中庭を眺めながらリラックスした様子でパンをかじる横顔は、無邪気な子供のようで胸がキュッと締め付けられる。
あの日以来、亮は時々昼休みに保健室に来るようになった。
結局あれから二ヶ月間―――私たちはセックスはおろかキスさえも一度もしていない。
彼はいつもただ丸椅子に座って中庭を眺めながらパンを食べ、私と他愛もない会話を交わしてまた教室に帰っていく。
痴漢に感じていたことを見抜かれた上に痴女的な行動まで見られてしまい、私は亮に完全に弱みを握られてしまっているのだ。
あの後も当然肉体関係を迫られることを覚悟していた私は、あまりにあっさりとした亮の態度に拍子ぬけしてしまった。
いやむしろ……落胆したといったほうがいいかもしれない。
求められれば、私はきっと彼を拒まないだろう。
――だけど、実際の彼が私に求めることは、昼休みに飲む一杯のコーヒーだけ。
亮はそれでいいのだろうか。
私は彼を「亮」と名前で呼ぶようになっていたが、彼は相変わらず私を「センセー」としかよばない。
「――またパン?いつも言ってるけど栄養偏るよ」
少し養護教諭らしいことを言ってみようとする自分が虚しい。
「しょうがないじゃん。俺んちアレだし」
「……まぁそうなんだけど……」
亮には母親がいない。
両親は早くに離婚し、彼は父親に引き取られたのだという。
亮が私に「なついて」いるのは、私を母親のように思っているからかもしれないと思う時がある。
だけど、母親のように慕われたからといって、自分も彼を息子のように思えるかというとそういう問題ではないのだ。