冷たい指・女教師小泉怜香 B-1
高校生に戻りたいなんて、今まで一度も思ったことはなかった。
自己中で、
自意識過剰で、
我が儘で、
―――――愚か。
それが高校生という生き物だ。
私にもそういう時期があったのだろうと思う。
それが色んな失敗と経験を重ねて、苦い思いもたくさんして、私はやっとこうしてなんとか一人前の大人になったのだ。
今さら愚かな高校生になんて、絶対に戻りたくない。
―――はずだったのに。
最近の私は、「もしも高校生に戻れたら…」という妄想ばかり膨らませている。
あの日以来、柳沢亮がずっと私の心の中を支配していた。
私がもし高校生だったら―――きっと私は迷わず彼を好きになり、彼を振り向かせるために、ありとあらゆる努力やアピールをするだろう。
相手の気持ちや本質など無関係に、自分の感情だけで後先考えないで突っ走れる―――そういう純粋な愚かさは若さの特権なのだ。
しかし現実には、私は教師で彼は生徒―――。
はじめから彼を好きになることすらあきらめている大人の自分が、今は少しだけ恨めしかった。
「セーンセ。コーヒーちょうだい」
保健室の扉がガラリと開いて、いつものように亮が入ってきた。
手には購買部で買ってきたばかりのパンの袋を持っている。
「またぁ?飲み物も購買で買えばいいじゃない」
浮足立つ気持ちを決して悟られないように、私はわざとぶつくさいいながら立ち上がった。
彼が来そうな時間にいつも準備してあるいれたてのコーヒー。
そんなそぶりはおくびにも出さず、私はそれをあらかじめ温めておいたマグカップに注いだ。
彼専用のカップまで買ってしまったら、うざったいと思われそうで敢えてそこまではしていない。
『――ただ、出来るだけおいしいコーヒーを飲ませてあげたい』
これくらいの擬似的恋愛気分は許されるんじゃないかと勝手に思っている。