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蒼い殺意
【純文学 その他小説】

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蒼い殺意-11

(六)sex否定論者

「どう、似合ってる?めったに着ない服よ、これ。だけど随分無理してるのね、freesex を認めるだなんて。あなた自身は、sex 否定論者ですって?」
勝ち誇ったように言う女学生に、おぞましくも彼は、自分の心の中に女学生の前にひざまずき許しを乞う姿を見た。そして嫌悪感に苛まれながらも、唯黙りこくっていた。

「どうしたの?日頃のあなたはどこに行ったの?いつものあなたは自信満々よ、恐ろしいくらい独善的だわ。今日のあなたは変だわ!」
追い打ちをかける女学生の言葉に、体中をバラの鞭で打たれるように感じる。その痛みが、彼の混迷を増幅させた。

「sex?・・・・・何故する?」
彼は、自分に問いかけるようにつぶやいた。突然の彼の言葉に対して、女学生は彼を直視しながら毅然と言った。
「勿論、愛の証しの為よ。」
「そんな不安定な愛なら、いらない。」と、彼は自嘲気味に言うと、女学生の前に居住まいを正した。

「どうしてsex を神聖化するんだ。単なる行為だろう、快楽を得るための一行為じゃないのか。愛の証し?冗談じゃない、それこそ、愛への冒涜だ。」
反論を許さない強い口調だった。女学生は、freesex を否定したわけではない。といって、認めるわけでもない。いや、やはり否定しているのだろう。感性として受け入れられないし、道徳的にも許せないのだろう、愛のないsex は。

「男性のエゴよ、封建時代の遺物よ。女性は、あくまで受け身よ。生理上からして、そういった構造なの。男性には終わりが終わりでしょうけど、女性には終わりが始まりなの。ううん、妊娠だけのことじゃないの、血液に混じるものなの。男の人にはわからないでしょうけど。」
母親の躾の受け売りかもしれないその言葉は、彼の心には届かなかった。どうにも今日の女学生の服装が、その言葉に真実味を与えなかったのだ。

女学生は、部屋をグルリと見回した。そして、口を大きく開いて、叫んでいるような怒鳴っているような写真を見つめながら、奇異な感じを抱いた。”ひょっとしてホントに狂ってる?”
「ネェ、この写真を撮った人、誰?」
「全部俺だよ、勿論。」と、見下すように答えた。その語気に驚いた女学生は、言葉を詰まらせた。
「どうして?」と、打って変わった優しい彼の声に、いつもの女学生らしく皮肉っぽく尋ねた。

「声、出したの?怖いわ、この写真。」
「あぁ、そうだ、出した。この写真は勿論、全部そうさ。笑う時も泣く時も、全部だ。」
胸をはって答える彼だった。女学生は、もう一度言いしれぬ不安を感じた。窓から差し込む光りが弱くなり、薄暗さを感じ始めた。理解に苦しむ行為、言葉の連続。今更ながら己の愚かさを悔いた。せめて、ドアだけでも開けておけば良かった、そう思う女学生だった。

通路に面する窓に雨戸が引いてあり、外界とは一線を画している。ドアをノックする時、中に入る時、その雨戸に気付きながら、”こういう男よ”と気にもとめなかった。隣人との交流を拒むであろう彼の気質を知り尽くしているが故のことだった。
しかし、彼に対して身構える必要を感じない女学生だった。むしろ、そんな獣のにおいを感じさせない彼に不満を抱いていた。力ずくで押さえつける気概を持って欲しいとさえ、考える女学生だった。

”机上の空論だ!”
”根無し草のお前の言葉はその場しのぎだ!”と、非難されながらもそれに甘んじる彼に、はがゆさを感じていた。
 彼にしても、学友の非難の原点が、彼のsex 否定にあるということは知っていた。幼い彼を残し母であることを放棄し、一人の生身の女としての人生を選択した彼の母のことが、彼の心に重くのしかかっていた。しかし彼は、それを言い訳にはしない、己の意志だと言い聞かせていた。

「私、帰る!」
突然女学生は立ち上がり、彼の言葉に耳を貸そうともせず、去った。これ以上の時間は、女学生には耐えられなかった。惨めさが、女学生を襲った。


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