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はるかぜ
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にげみず-1

春風は結局私の後を追ってこなかった。


気がつけば私の足はあの海へ向かっていた。
ほんの少し前に春風が私の元へ帰ってきてくれたあの波止場に。
海に向かってまっすぐ伸びた埠頭の先に座り、じっと海を見つめる。
目を凝らせば小さな船が見えて、私の側にかもめが寄ってきて一生懸命地面をつついていた。

「ねぇ、おもしろい?」

かもめが私の言葉を分からない事くらい分かっているけれど思わずそう聞いてしまった。
かもめは私の方を向いたような気がしたけれどそれは一瞬でまたぷいっとそっぽを向いて地面をつつき始めた。辺りはすごく静かになって波の音だけが聞こえていた。

「私も波だったら良かったな。何度も生まれ変われるのに」

防波堤に波がぶつかるのを見て呟く。

結局その日は夕日が沈むのを見届けてから家に帰った。
海に居る間に、春風からの連絡は無かった。



「おかえり」

母はいつも通りに出迎えてくれて緊張していた心がほっとしていた。

「ただいま。肉じゃが?」

鼻をくんくんと動かしてから言い、靴を脱ぐ。

「そう。好きでしょ?」

「うん」

母は私の返事を待たずに先に歩き出していて、顔を上げると台所へ消えていた。

晩御飯を食べ終えてみんな散り散りになっていく中、なんとなく私だけ居間で最後まで肉じゃがをつついていた。花形に抜いてあるにんじんや絹さやをお茶請けみたいにもそもそ食べて、結局鉢に盛ってあるだけ食べてしまって、しょうがなく立ち上がり食器をシンクへ持っていく。

「ごちそうさま」

食器を洗っている母の脇から鉢と箸を洗い桶へ入れて声をかけた。

「おそまつさま。……ねぇ、りつ」

母のスポンジを持つ手が止まって顔を私に向けた。

「母さんは反対はしないのよ。ただ、春と一緒に居てりつが辛いならやめなさい。それは幸せじゃないわ」

母の顔は真剣だった。だから、普段なら言い返すのに、何も言えずに頷くしか出来なかった。

「でも、まだ分からないわね。そうなのかどうかも」

母の顔はまた食器に戻って慣れた手つきで食器をこすっていく。

「……わかんないね」

春風の過去を話そうかと思ったけれど、怖くなってしまって、そのまま自分の部屋に戻った。


蛍光灯を付けるといつもの見慣れた部屋で、床に置いたままの鞄のポケットから白い紙が出ているのを見つけた。
屈んでそれを引っ張りだすと、あの時の雨水のメモで、番号がそこには書き記されていた。
じっとそれを眺めていて気がついたら耳元に携帯を当てていた。
呼び出し音が鳴っていて、あっと思って切ろうとした瞬間に繋がった。



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