天むす〜前編〜-2
「痴漢はいけませんよ。痴漢は……。」
私は驚いた。痴漢を取り押さえてくれたのは、花屋によく来る素敵なあの人だったから。
「は、離せッ…私は痴漢なんてしとらん。」
男は必死抵抗している。
いや、そんなことはどうでもいい。このラッキーなシチュエーションは何……!?
「いいからッ……次で降りて下さい。」
彼は次の駅に着くと、痴漢の男を取り押さえたまま、満員電車の中を通り抜けていった。私も降りるチャンスだと思い、彼の後から降りた。
「大体何なんだよ。お前は…。」
電車を降りてからも男の暴走は続いていた。
「僕は普通の会社員ですが、あなたをこのまま警察に突き出します。」
「何だよ!そんな権利あるとでも思ってんのか。」
この言い争いを私は影で見守るしかなかった。しばらくすると、駅員が警察の人を呼んだみたいで、私もそのまま同行した。
そして、数時間後……
痴漢の男は確かな証拠がなかったため、逮捕されなかった。
私と彼は再び駅のホームへ戻った。
「なんか…僕のせいでお騒がせしてしまってすみません。」
彼は申し訳なさそうな顔で言った。
「い、いえ…そんな……。」
私はオドオドしてしまい…ありがとうの一言も返せなかった。
「あ、そういえばあなた、フローラル三日月の人じゃ……ないですよね?」
えっ…………?
裏方ばかりで、しかも雑用の私を覚えてくれたの……?
私は驚きのあまり、さらにオドついてしまい、しばらく何も言えなかった。
「あっ、やっぱり違いましたか…。すみません。」
「いっ、いえッ…働いてます!その…下っ端ですけど…」
混乱のあまり“下っ端”なんて言葉を使ってしまった。
落ち着け!落ち着け!落ち着け!…
心で必死に念じたが、焦りがどんどん私を壊していく
「やっぱりそうでしたか。僕、よく仕事帰りに寄っているんです。」
「はい……あの…知ってます。」
結局、その日はそれ以上話すこともなく終わった。
私は降り遅れた分下りの電車へ、彼は反対方向へ去っていった。
……が、私は話すことができた時点で幸福感で満たされ。食欲も眠気もいつも以上に出た。
とある雑誌によると、今週のてんびん座の運勢は一位で、恋愛運は五つ星だった。
てんびん座の娘でよかった……
なんて訳の解らないことを思ってしまうほど、その日はついていた。