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Memory
【純愛 恋愛小説】

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Memory-3

『芸術ってよく分かんない。』
筆を水の中に浸しながら、楓はつぶやいた。煙のようにライトグリーンの絵の具が水の中を泳ぐ。
『何で?』
俺も水入れに筆を置く。
二色の絵の具が絡み合い、新たな『色』が生まれる。
『だって』
楓は口を一文字に結ぶ。
『統一した価値観がないもの。』
確かに彼女の言う通りだった。精密な描写や、色合いの美しい絵、大胆な描写、抽象画…沢山の絵画の中で"一番"を決める事は不可能だ。構成やバランス、新しさだとか、そういう価値観における観点はあるのかもしれないが、"一つの絵"にみんなが同じように感嘆できるわけではない。
『確かに統一してないよな。人それぞれ"惹かれる絵"は違うわけだし…。』
『少しは画法が身についたはずなのに、私の絵には全然魅力がないの。』
楓は悲しそうに言った。俺は水入れから筆を取り、純白な紙の上で筆を滑らす。
『人は画法そのものじゃなくて、絵に秘められたその心情に惹かれるんだよ。』俺は紙の上で繊細なタッチと激しいタッチを繰り返した。
『筆のタッチの強弱や、色合いを通して、作者の"想い"が"絵"に反映されてゆく。そして、それを見る人は絵の中に隠されている、その作者の胸の内を感じとって感銘を受けるんだ。』
『"想い"が"絵"になるのね。私の絵には今まで心がなかったのかも。』
そう言って楓はうつむいた。
『ねえ…あたし涼介が描きたい。』
顔を上げた彼女は思い切ったように言った。
『え、俺!?』
言われた俺はビックリ仰天だ。
『ダメ…??』
楓は瞳をウルウルさせて、上目使いで俺を見ている。…その目に男が弱いのをコイツは知ってるんだろうか??
『別にいいけど…。』
『やった!』
そんな顔反則だって。喜ぶ楓を横目に、俺の心臓は高鳴っていた。

『どうぞ。』
二日後。今日は土曜日なので学校はない。俺が使用人の案内でバルコニーに通されると、楓はテーブルに伏せて寝ていた。可愛いな…。俺は楓の隣に座り、彼女の髪をそっと指で梳く。
できるならコイツと付き合いたい。素直にそう思う。けど俺みたいな一般人が、こんな良家の娘とはたして付き合えるのだろうか?やっぱりこういう所に生まれ育った人には、それなりに見合った人がいいんじゃないだろうか。俺は首を横にふった。…やっぱり駄目だ。俺にはむいていない。
楓は隣で寝息をたてている。バルコニーの木製のフェンスに白い鳥がとまる。時間がいつもよりゆっくり流れている気がした。
…違うな。俺は単に怖いだけだ。彼女の気持ちを確かめる勇気がない。
『ん?』
ふと彼女の腕の下に敷かれた、画用紙に気づく。
―その画用紙に描かれていたのは、紛れもなく俺だった。
俺は言葉を失った。決して楓の絵が画家並に上手かったわけではない。しかしその画用紙の中には楓の眼に映る、等身大の『俺』がいた。『笑い』『憂い』『怒り』…彼女が知る限りの俺の全部が画用紙の中で生きていた。
俺がしばらくその絵を食い入るように眺めていると、
『…ん…んん。』
寝ている楓が小さくうなった。重なったまぶたが少しずつ離れてゆく。
『…!?何見てるのっ!?』
突然の事に焦った楓は、俺から"絵"をとり返そうとする。
『良い絵だよ。』
そんなあくせくとした楓の質問を無視して、俺は真剣な眼差しで言った。
楓は一瞬へっ?といった表情をする。
『あぁ…ありがとう。』
俺の言葉を理解した楓は照れくさそうに笑った。が、何故かうつむきそのまま押し黙ってしまった。
『楓?』
沈黙に耐えかねた俺は彼女の顔を覗こうと試みる。
『…好きなの。』
楓はうつむいたまま、かすれそうな声でいった。
『え…?』
俺は体が固まって身動きできない。


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