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はるかぜ
【その他 恋愛小説】

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あおあらし-3

夕ご飯にはどうにか間に合った。途中で顔を洗ったけれど目は腫れてしまった。

「ただいま」

出来るだけ明るく言ったつもりなのに、なんだか葬式から帰った時みたい。
割烹着を着た母が出てきてほっぺたにご飯をつけたまま心配そうな顔をしてた。

「……大丈夫、だよ」

何か言われる前に笑顔を見せて言う。でも、それは上手くいかなくてつい口調が強くなった。
母は何も言わずに小さくそうと呟いた。

「お夕飯食べるでしょう?けんちん汁よ」

そういえばごぼうのよく煮えた匂いがしていると思った。
手を洗って卓袱台に着く頃には父は食べ終わって野球を見ていた。
祖母は高血圧を抑える薬を飲んでいて姉は居なかった。
煮びたしと、沢庵と、ご飯と、お魚と、けんちん汁。

私の好きなものばかり。

母はちゃんと私のサインを受け取ってくれている。


散り散りに部屋に戻る中、私も自分の部屋に戻って蛍光灯の紐を引っ張った。
チカチカ点滅してから白い光が部屋を照らす。
出て行った時と違うのは畳んだ洗濯物がベッドの上においてあること。
鞄を置いてそれを片付けて洗濯物の代わりに私が座ると随分沈んだ。
ため息を一つついてから鞄から小さい携帯電話を取り出す。
じっとそのまま見つめて小さなボタンを押した。

メールを書こうとメールの画面を開いてふと手を止める。
そんな文字なんかじゃ伝えられない。
上手に。
そう思ったら自然に指先が動いていて耳元のコール音を聞いていた。
一回、二回、三回、四回……。

五回目に差し掛かるところで音が途切れて最初留守番サービスかと思ったけれどそのまま音の無い状態が続いていた。

「もしもし……?」

小さな声で呼びかけても返事は無い。

「私、分かる?」

部屋も電話の向こうもすごく静か。
世界に誰も居なくて寂しくて電話をかけているフリをしているみたいに。

「春……、私の事、本当に好き?」

返事を聞けないっていうのは本当に便利だ。
聞きたくない返事がある質問も竹筒に入った水羊羹みたいにつるっと出てくる。
電話の向こうで春風の息を飲む音が聞こえる。
息を吐く音が聞こえて、それが耳障りなくらいに多かった。

「声を出そうとしてるの?」

頷いているような音。
髪の毛が電話に当たっているような。

「……今日ね、今日……、あの人に会った」

電話の向こうで何かが倒れたような音がした。

「雨水さんに会ったの。春風を迎えに来たんだって」

どうしてだろう。
鼻の奥がすごく痛い。ジンジンして鼻が段々詰まってくる。
泣いたりしたら、喘息、出ちゃうのに。

「……春から離れて欲しいって、別れて欲しいって……言われたの」

春風がテーブルを殴る音が聞こえた。
いつもの春風からは考えられない程荒々しく、乱暴な音。

「そうした方がいいのかな。ねぇ、どう思う?」

音は聞こえるけど無音、だった。
春風の言葉が聞こえてこないなんて、どんなに違う音がしても無音だった。

「どうして何も言ってくれないの?……別れたくなんてないよ、春風が好き」


「……ねぇ、春風」


「……逢いたい」


もう最後にそうやって呟いて電話を切る時には私は涙で汚れた顔をしていた。
しゃっくりが止まらなくて、鼻水まで出た。
本当はわんわん泣いてしまいたかったけど、母も父もいる家でそんな風に振舞えない。
タオルに顔を押し付けて、咳をしながら泣いた。
だから数分後に部屋の外が騒がしくなっても全然気づかなかった。

バンッ、とすごい音を立ててドアが開いてやっと顔を上げた。
そこには胸を上下させてうっすらと汗を掻いた春風が立っていた。
白い柔らかそうな薄手の綿ニットにジーパンで。
春風は何も言わずに部屋に入ってきて、私の前で膝を着き私を抱きしめた。

何事かと見に来た父と母と祖母の前で。

「……る…かぜ?」

驚いて名前を呼ぶと力がもっと強くなって私は春風に包まれていた。
涙が浮かんではニットに染みていく。

「……はる…」

またそう呼ぶと力が強くなる。
返事をしてくれていた。

母は父と祖母を無理矢理引っ張り、ドアをゆっくり閉めた。
かちゃりと閉まる音がして、我慢してた涙と声が漏れる。

「……はる…か……っ、はるっ……」

その度に抱きしめられて体中、春風にくっついていく。
息苦しくて汗臭かったけれど、幸せだと思った。


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