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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-9

「未来はね最初から決まってないって信じてるから、だから聞くの」

加藤の顔を見ながらエスは続けた。

「信じてるっていうより信じたいのかな。結局見た通りになるんだけど。でも、あたしが言葉に出すよりも、相手に選んでもらった方が、ずっと、ずっと、現実になると思うんだ。加藤さんがこの後どうするのかあたしはもちろん知ってる。今日会った時にそれは見えた。でも、それをあたしが言ったら、加藤さんの意思はどこに行くの?あたしの言葉通り加藤さんが動いたら、それは加藤さんが決めた行動じゃない。でも、未来は、同じ通りに進んでいく。」

じっと聞き入っていた加藤は眉間に皺を寄せた。

「………だから選ばせるのか?それはただお前の驕りに思える。お前はまるで神のような立場で物事を一歩も二歩も進んだ所から見ていてその先がどうなっているか知っている。もし万が一違う方向を進んでもその瞬間に違った未来が見える。それで相手の命が危険になったとしてもお前は自分で選んだからと、そいつを見捨てるのか?」

「違うよ。それは、違う。結局あたしが言っても結末は同じなの」
エスは顔を上げて凛とした口調で言った。

「同じ? すぐ先のことが分かっていれば避けられる事だってあるだろう? お前はその可能性も教えないのかって聞いてるんだ」

加藤は尚も納得がいかずに問い詰める。
感情が入り声が大きくなる。
太い通りでは無いにしろ渋谷の路上だ。
通りがかる人がちらほらと足を止め始める。

「だから……あたしは未来が見えるだけなの。あたしには何も出来ないの。みんなが思ってる程、何かが出来るわけじゃないの。…偉そうな事言ってる、驕りかもしれない。あたしだって大切な人が危険に晒されるなら守ってあげたい、教えてあげたいよ。でも、その人を守ったら違う人が死ぬかもしれない。……分かる? ねぇ、分かる? 」

エスは苦しげに顔を歪ませた。
傘を持つ手が震えている。
見物人の中の数人がざわざわと声をあげ始めた。
必死に話しているエスにその声は届かなかったが加藤には聞こえた。

「あれ、エスじゃない? 」

加藤はぎくりと見物人を見た。
エスという言葉は細波のように見物人に広がる。
エスを知らなくても一緒にその意味まで伝わるだろう。
加藤はエスの腕をひっぱって無理矢理に狭い路地へ向かって歩き始める。
エスは抵抗もせず引っ張られた。
彼女は知っているのだから。
それでも加藤に向かって話し続ける。

「違う人が死ぬかもしれないの。違う人が何かで失敗するかもしれない。誰かが幸せになるって事は誰かが犠牲になるかもしれないって事なんだよ。みんなが一斉に幸せになれる事なんてそんなに無いの。ほとんど無いの。誰かは必ず悔しい思いをして、傷ついて、切なくなる。だから誰にでも未来を教える事をしてないの。その人の未来通りにして欲しいの。だから、加藤さんにも聞くの。加藤さんの考えで知りたいって思ったの。……あたしは神の分身なんかじゃなくて、普通の人間で居たかった。そうして生まれて来たかった」

語尾は聞き取れない程というわけでないにしろ、声が小さくなっていた。
先ほどの場所からはだいぶ離れ、誰も居ないのを確認して足を止めた。
振り返るエスの腕を放す。
エスは俯いていた。
二人の間に沈黙が流れる。
これもエスが見ていた未来のひとつなのだろうか、と、加藤は思った。


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