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記憶の片隅に
【純愛 恋愛小説】

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記憶の片隅に-4

「この前は必死だったから気にしなかったけど…」
あたしは石段の中腹で立ち止まる。
「キツイ…これ…」
一息つくと、また歩を進める。登り始めた時はまだ微かにオレンジだっただけの光は、登り終わる頃にはもう濃い色になっていた。
「はー…疲れた…」
あたしは石段の1番上に腰掛ける。鞄の中から彼に貰った鞠を取りだし、自分の横でつきはじめる。
「てんてんてまりこいとつく…」
自然に口から漏れる歌。懐かしい気持ちが広がっていく。
「あ…」
手元が狂い、鞠が後方へと弾んで行った。あたしはそれを瞳だけで追う。体はまだ重くて動きたくなかったから…。
―キュ…―
視界に鞠を軽く踏んで止める足が映る。あたしは息を止めた。夢が脳裏を駆ける。…そうだ…あの後も誰かが転がる鞠を止めた…。顔なんて思い出せないけど、99.9%それは彼だろうよ。
あたしは足の主を見上げる。
「何か思い出したか?」
白風くんが冷たい笑みを浮かべながら聞いた。

彼はひょいと鞠を持ち上げ、あたしの横へ腰掛ける。
「…あなたに…一度会ってるんだね、あたし」
彼は黙って鞠をくるくる回す。
「今と同じように、転がる鞠を止めてくれた…」
「…それで?」
彼は無表情のまま。
「…それだけしか…」
彼はフンと鼻で笑い、立ち上がる。
「言ってくれればいいじゃない…」
あたしも立ち上がる。彼は社の方へ歩いていく。
「そんなに思い出して欲しいなら、あなたが言ってくれたらいいのに!」
彼は足を止める。いい加減腹が立っていた。
思い出せとうるさい彼にも、なかなか思い出せない自分にも…。
白風くんはおもむろに振り向いた。夕焼けが髪を染めている。
「…早弥が自分で思い出してくれないと駄目なんだ」
静かな口調。それでいて強い。
「時間がない…」
始めての言葉。どういうこと?タイムリミット有りなわけ?
「それが過ぎるとどうなるの?」
黙ったまま、彼は淋しく笑った。胸が痛んだ。
どうしてあんな笑い方するんだろ?2度目だね…

帰り道で空を見上げた。既に日は落ち、星が瞬きだしている。
月が昇っていた。半月がちょっと太ったような月。満月まで後少しだわ。


「ねぇ、早弥誕生日何欲しい?」
「へっ?」
翌日、叶実に言われて思い出す。あたしの誕生日、もうすぐだ。
「えー?叶実の愛!」
「やだ〜、毎日あげてるじゃないのぉ」
二人で馬鹿笑いをする。
誕生日かぁ…。そういえばあの鞠って誕生日に両親から買って貰ったものだったっけ。今はどこにあるんだろう?今度聞いてみようっと。

夢の方は全く思い出せずにいた。時間が無い、と言われて焦ってるんだろうか?このまま思い出せなかったらどうなるの?どうして教えてくれなかったの…
ふっとあの表情が頭をよぎった。淋しげな笑み。また胸が痛む。反則よね、あんな表情…

今日も神社の石段で思いを巡らせていた。最近ずっと通いづめだ…。
夜の戸張が下り始めている。収穫はなし、か。
―ザァ…―
強い風。予感を感じて振り返る。
「…白風くん…」
あたしを見つめる瞳。微かな光を受けて光る。
「ごめん…あたしまだ…」
「この後時間、あるか?」
「…え?」
「予定、あるのか?」
あたしは戸惑いながら首を振る。
「ないけど…」
「少し付き合え…」
そう言うと彼はタンと片足で地面を叩く。その途端、下から青白い炎が湧き上がり、彼を包んだ。
その炎がバッと晴れた時、そこに居たのは一頭の白狐だった。つやつやの毛。サファイア色の目。
「乗って」
「でも…あたし重…」
「早弥、早く。誰かに見つかると困る」
あたしは慌てて背に乗る。軽い蹴り音がして、暗闇に白い体が踊る。
「きゃ…」
風があたし達を包んだ。
「落ちるなよ」
空が近い。手を伸ばしたら星が取れそう。
「寒くないか?」
「あ、うん…」
どうしたんだろう?今日は聞かないんだ…。
「下りるよ」
あたし達が下り立った場所、山。しかも…
「ここ…っ鉄塔の上…」
そう、山にある鉄塔の上だった。
すっと人の姿に戻る白風くん。
「落ちないから、前見て」
言われるままに顔をあげた。…声が出なかった。闇と光が混じる西端。その下に広がる街の明かり。
「…きれー…」
やっとかし出せたかすれ声。静かな空気が震え、また静まりかえる。


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