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記憶の片隅に
【純愛 恋愛小説】

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記憶の片隅に-6

あたしは手を伸ばし、狐に触れる。
柔らかな毛。狐は気持ち良さそうに目を閉じた。
それからギンとあたしは、普通の子供達のように遊んだ。隠れんぼをしたり、石を並べて遊んだり、どんぐり探しをしたり…。
気がつくともう真っ暗だった。

『あたしお家帰らなきゃ』
石段を見るあたしの横にギンが立つ。差し出される鞠。
『ありがとう』
鞠を受け取るあたし。と、ギンがその手を握る。
『早弥、ぼくの事忘れない?』
『明日も会えるんじゃないの…?』
彼は淋しそうに頭を振る。
『…あたし忘れないよ。また会えるよ。だってギン大好きだもの』
表情がパッと嬉しそうになる。
『ぼくも早弥が大好きだ』
あたしもすごく嬉しかった。確かにおマセさんだな…。
『じゃあ早弥、ぼくのお嫁さんになってくれる?』
お嫁さんと聞いて、あたしの頭の中には綺麗なウエディングドレスを着たあたしが思い浮かべられた。その頃は、お嫁さん、て職業だと思ってたあたしだったから、なれるのが嬉しくて満面の笑みで答えたんだ。
『うん!いいよっ』
てね。
『じゃあ早弥、忘れないで。早弥が…』

あたしはハッとする。満月は今日だ。そして誕生日前の満月は…やっぱり今日。
…やだ、だから彼はあんなこと言ったんだ!

あたしは母の呼び止める声も聞かず、家を飛び出す。彼は言ったんだ。
『16才の最後の満月の日、お月様が高く昇ってしまう前にここに来て…』と。
ギンが思い出して欲しかったのはこの約束のことだったんだね…。
走りながら月を見上げる。
今日は早いうちから出ていたから、もう1番高い所に近い。どうか間に合って…!

あたしは石段を駆け上がり、境内に駆け込んだ。誰も居ない。外灯が一つ点くだけの真っ暗な境内…
「ギン!」
あたしの声が淋しくこだまする。
「ギン、出て来て!あたし思い出したよ、約束守ったよ!」
静か。冷たい空気。…間に合わなかった…。月が高く昇ってしまったんだ…
あたしは肩を落とした。何度も記憶の一部が頭を巡る。

『あたし絶対忘れない!でも…もし、もしも忘れてしまったら…?』
『ぼくが何とかして思い出すようにするよ。…でも、やっぱり思い出せなくて早弥が来なかったら…』
淋しそうな目。
『もう、ぼく達は会えない』

そうなんだ…もう、会えない。ギンにはもう会えないんだ…―
 ―ざぁ…っ―
流れる風。でも、もうギンは来ない…。あたしは振り返る。
青白く揺れる炎。突っ立つ人影。それが話す。
「早弥…どうして…」
「ギンっ」
あたしはギンの胸に飛び込む。あたしを抱き止める彼の堅い胸板。
「もう、月昇っちゃったかと思ってた…」
「早弥…お前」
ギンは驚いてあたしを見下ろす。
「思い出したよ。約束、守った…」
ギンの温もり。離れたくない。
「だから、これからも会えるよね?どこにも行かないよね?」
ギンが頭を撫でる。
「…早弥」
優しいギンの声。
「僕の気持ちは変わらない。好きだよ、早弥」

心臓が大きく脈打つ。
知ってるよ、あたしが今日ここへ来たのはその言葉を聞くためだって。そして、こう言うためだって…。

「あたしも好きだよ…」

彼はきつくあたしを抱く。
「よかった…思い出してくれて」
「ギンが思い出さなくていいとか言わなかったら、もう少し早く思い出したかもしれなかったのに…」
あたしは少し膨れた。
「ごめんな…でも早弥すごく辛そうだったから、苦しめるくらいなら僕が思いを断ち切ればいいんだと思って」
あたし達は身を離す。
「僕なりの優しさ」
微笑むギン。あたしも笑う。
彼の顔が近づく。あたしは目を閉じた。
触れる唇。愛しい人。

「僕のお嫁さんになってくれますか?」
唇を離して、あの時と同じ様にギンは笑った。


〜FIN


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