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記憶の片隅に
【純愛 恋愛小説】

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記憶の片隅に-5

「…これも…」
白風くんを見上げる。
「これも忘れてる事に関係してるの?」
彼が微かに笑う。
「いや…関係ない。もう、いいんだよ」
「いい…って?」
あたしを見る目が優しい。どうして?おかしいよ…
「いいんだ」
そう言って彼は遠くを見つめる。なんだか白風くんが消えてしまいそうだった。

白風くんに家まで送ってもらい、あたしはベットに転がる。
急にもういい、って一体どういうこと?今日、彼は変だった。そんな風にされると余計気にしちゃう…
あたしは溜め息をついた。

夢を見なくなった。白風くんと鉄塔の上へ行った日の夜から。あの夢も白風くんの力だったんだろうか?
それでもあたしは神社へ行った。夕暮れにはいつも彼が現れる。何をするでもないが、ポツリポツリと話を交わす。
彼の目は優しかった。苦しいくらいに。

今日も一旦家へ帰ってから神社へ向かう。あ、今夜は満月だっけ。さっきニュースで『綺麗な月ですね』ってお天気お姉さんが言ってた。
空を見上げる。うわ、すごいや。今日のお月様はすごく大きい。それで赤みがかかった色をしてるんだ。なんだか恐い。

…あれ?石段の前に人影。珍しい、白風くんとは境内でしか会ったことなかったのに。
「珍しいね?」
彼は少し笑った。
「たまには、な…」
瞳があたしを捕える。その強さに、あたしは何も言えず戸惑う。
突然彼は言った。
「早弥に会えてよかった」
!?何を言い出すんだろう、この人は。あたしが眉をひそめた瞬間だった。
軽い口づけ。2度目のキスだ。
「白風く…」
「用事があるから、俺行くな。じゃ…」
地面を蹴り、空へ舞い上がる白風くん。…キスの後、一度も目、合わせてくれなかった…

おかしいよ。変だよ。素っ気ない態度にあたしは不安が募る。重い気持ちを引きずったまま、あたしは家へと帰った。

「早かったわね」
母の声。あたしは気のない返事を返す。
リビングではお姉ちゃんがテレビを見ていた。元気になったみたくてよかった…。あたしもソファーに座り、テレビを眺める。バスケットの試合が入っていた。

…あ…

不意に鞠つきを思い出す。バスケと動作が似てるからだろう。
「ねぇ、お母さん」
「んー?」
「あたしが小さい時、誕生日に鞠買ってくれたの覚えてる?」
少し間を置いて、あぁ、と母が答えた。
「はいはい、覚えてるわよ。あんたがえらく気に入ってた橙色のでしょう」
「そんな時もあったっけね」
お姉ちゃんも会話に参加してくれる。
「その鞠は大きくなっても捨てないでって何度も母さんに頼んでたわぁ」
お姉ちゃんは懐かしむようにあたしを見た。
「そうそう」
母も笑いながら言う。
「結婚の約束をした人が、自分だって分かるように持ってるんだって、ねぇ郁」

…えっ…?

「ほんと、あの時はオマセさんだと思ったわ」
「それっ、どういうこと!?何の話!?」
そんなの知らない!覚えてないよ!
「早弥の四歳の誕生日だったかなぁ」
母が遠い目をした。
「貴女は買ってあげた鞠を持ってどこかへ遊びに行ったのよ。で、帰ってきたらいきなり『早弥、お婿さん見つけた!』だもの。父さんなんかオロオロして可笑しくって」
二人の話声が遠のいて行く。結婚の約束?そんなこと……
そうだ、そうよ…
記憶が流れ出す――


鞠を貰ったあたしは、それを持ってあの神社の境内に行った。夢の通り、歌を歌い鞠をつく。風が吹き、目を逸らされた鞠は、てんてんと社の方へと転がって行った。
その鞠を軽く踏んで止める少年。夕日に透けるような茶色の髪。切れ長の目。
『ありがとう』
あたしは近づいて鞠を貰おうとした。しかし彼は鞠を蹴り上げ、自分の手に収めた。
『それ、誕生日だからお母さんに買ってもらったの。返して…』
彼の初めての言葉。
『ぼく、ギン。名前は?』
『早弥…』
彼は足元にあった落ち葉を拾い、手首を振った。現れる花束。
『おめでとう、早弥』
幼いあたしは呆気にとられる。何せ、落ち葉が一瞬にして花束になったんだものね。
『すごーい!ギン手品出来るの!?』
彼は笑った。
『残念、手品じゃないんだ。僕はね、狐なんだよ』
ギンは方足で地面を叩く。青白い炎に包まれて、白狐が一頭立っていた。さすがのあたしも度肝を抜かれ、尻餅をつく。
『早弥…』
狐が一歩近づく。
『恐い?』
あたしはゆっくり首を横に振る。
『びっくりしただけ…』
大人になれば狐はこんな事をするという知識はあるから恐かったかもしれないけど、その頃は無知で、全く恐いとは思わなかった。


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