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Poor Crown〜Beside the Bridge〜
【自伝 その他小説】

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Poor Crown〜Beside the Bridge〜-2

5/24(土)
俺は書きかけの履歴書から顔を上げてぐっ、と一つ背伸びをした。首から上がいやに重い。
夏は雨、とはよく言ったもので、雨に濡れる淀屋橋はなかなかの情緒があった。色とりどりの傘が行き交い、それを掲げて歩む人々はどこかつつましやかに見えた。騒がしい、賑やかといった大阪府民従来のイメージとはややかけ離れたその眺めに俺は目を細めた。
さて、何故俺はこんなことをしているのだろうか、と思案する。
朝起きたら酷い頭痛がした。抽出から出したオムロンの体温計は俺以上に怠惰な性格なのか、それともその生を終えただけなのか、液晶は暗いままでうんともすんとも言わなかった。いや、実際、体温計が「すん!」なんて言ったら困るのだけど。
人は数字に恐怖する。偏差値、体重、時間など、形は様々ではあるが。勿論、体温もその一つだと、俺は考えている。俺が見切り発車で家を出たのは、きっと体温計が恐怖を与えてくれなかったせいだ。
しかしこうくると、恐怖とは大切なのだと思い知る。恐怖が自分を守るのだ。危機感は最適、若しくはそれに準じる自発的な行動を促す。俺にとってそれは、「大人しく寝ていること」であり、内定までの次の筋道を探すことだったのだ。そしうていれば、ただ帰るのが悔しいからというせこい理由で、こうして喫茶店のアイスココアを片手に履歴書を書くこともなかったはずである。
俺は、溶けかけのバニラアイスをストローでつつきながら、閉ざされた某有名電機メーカーへ僅かに想いをはせるが、それはため息と供に儚く消えた。
人の夢、と書いて儚い。何だか誰かが言っていた気がする。
霧雨に煙る淀屋橋は、一種の儚さを俺に見せていた。これが、俺の夢ならばどれだけ良かっただろうか。目を覚ませば、まだ俺は毛布を着ていて、窓の外では厚着をした近所の主婦が雪の心配をしているのだ。きしきしと軋む身体を起こし、パソコンを起動する。就職サイトで次の企業を探せば、三月、四月の日程が表示される。まだまだじゃないかと苦笑しながらマウスを予約画面にポイントする。
…馬鹿馬鹿しい。
あまりの情けなさに同情を禁じ得ない。我がことながら、女々しいにも程がある。
胸ポケットから取り出したJPSの箱から、次の一本を取り出…そうとして、その指が空を切った。
…っ。
小さく舌打ちをして、そのまま箱を握り潰す。角が掌を突いて痛かった。やっぱりソフトにすべきだったな、と思う。仕方なく、先ほど半分くらいまで吸ったシケモクを灰皿から出して火をつけた。鼻を不快な匂いが突いたが、それも一瞬の話。
煙の向こうで、淀屋橋が更に儚く見えた。しかし言い知れぬ恐怖は、はっきりと眼下に迫って来ていることを、俺は自覚していた。


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