愛を囁くよりも先に…社長との秘め事…-2
――俺と社長は住んでいるところの最寄り駅が同じなので、こういう時は同じ電車で帰る。
そして社長を家まで送り届けるのだ。
社長がタクシーを使うことは滅多にない。
絶対金持ちなはずなのに、と思うが、俺は社長のこういうところが好きだったりする。
確かに住んでいるところの豪勢さは雲泥の差だが。
駅を出て、しばらく歩いたときだった。
「あ…」
ザーッと地面を雨が叩く音。
スーツが肌にはりついていく。
「――ついてないわね。
とりあえずあたしの家がもうすぐだから、あがっていって。傘貸してあげるから」
「あ…すみません…」
・・・・・・・・・・・・
「タオル、これ使ってかまわないから」
「ありがとうございます」
小走りで社長のマンションまで来たのだが、俺も社長の体もかなり濡れていた。
俺がここに入ったのは初めてだったが、1人で住むのには広すぎるというのが正直な感想だ。
このマンションは社長の父が使っていたらしいのだが、社長が譲り受けたとのこと。
髪を拭きながら、社長は『お父さんが大好きな子』だったのかなぁと思っていた。
「適当に座っていいからね」
「あ、はい」
社長はソファーに腰をおろして、ジャケットを脱ぐ。
――白いシャツが肌に張り付き、ブルーの下着の形まではっきりとわかるほど濡れていた。
俺は思わず目をそらす。
初めて自分の中で社長の『女性』の部分を意識した、と実感したからだ。
「あの、お…俺帰ります…」
俺はその部分を意識したことに驚いて、とっさにそう言った。
「どうしたの、風邪引いちゃうわよ?」
急に帰ると言った俺に対して、不思議そうにそう言うと、側で突っ立ったままの俺の目の前に立つ。
「いや…大丈夫です」
社長という、少なくとも俺の中では尊敬に値する人物で。
プライベートの場合でも、年の離れた姉貴のような存在で。
今まで異性として見たことはなかったのに、こんな瞬間に――
俺は思わず社長を抱き寄せて、キスをした。
ただ触れている、というようなキスで、一瞬のできごとではあったけど。
「みさ…わ…?」
一瞬のできごとであったとしても、俺の心情が複雑になるのも無理はない出来事だった――
・・・・・・・・・・
――あの後、俺は結局傘を借りずに社長の家を飛び出ていった。