愛を囁くよりも先に…社長との秘め事…-1
「――弟さん、結婚なさるらしいですね」
「三沢、そんなこと誰に聞いたの?」
とある会社の支社社長、今年で34歳になる金澤純(かなざわじゅん)は社長席で面倒くさそうにそう答える。
「この間、俺が本社に行ったときに社長のお父様が言っていましたよ。純も早く結婚しないかな、とも言ってましたし」
金澤より7歳年下であり専属の秘書、三沢秋(みさわあき)はにこり、と笑ってそう言った。
「お父さん…あたしが結婚したくないの知ってて、あたしには絶対言わないくせに。三沢にはそんなこと言うのね」
金澤は、結婚の話や男の話になると急にやる気をなくしたような顔をする。
(この人は本当に仕事人間だからなぁ…結婚なんて興味ないんだろうな)
心の中で三沢はそう思っていた。
言い寄る男はたくさんいる、というのを三沢は知っていたからだ。
『社長』という肩書きのせいだけでなく、金澤の外見のせいである。
お堅そうなオーラを放っているにも関わらず。
美しい見た目に男は引きつけられてしまう。
パーティーなどで明らかに社交辞令ではないような挨拶をしてくる奴を、何度も三沢は追い払ってきた。
(まるで、社長のボディーガードみたいだな)
三沢はそんなことを思いながら、仕事をし始めた――
愛を囁くよりも先に
…社長との秘め事…
「社長、今日飯でもどうですか?」
俺は親指と人差し指で、酒を飲むジェスチャーをしながらそう言った。
時刻は21時を過ぎている。
大体この時間を過ぎるまで仕事をしたときは、一緒に食事をするのが当たり前になっていた。
「いいわよ」
クスッと笑って社長は答える。
俺はこの時間が好きだ。
社長が、『社長』ではなくなる時間だから。
多分、俺に信頼をおいてくれているから、そういう風に接してくれているんだと思う。
こういうときの社長は、俺の姉貴って感じだ。
仕事の話はせず、したとしても商談相手の面白かったところとか、愚痴。
いろんな話をするけど、やっぱり恋愛の話は出てこない。
やっぱりこの人は男が嫌いなんだろうか?